羊飼いの口笛が聞こえる ~遊牧民の世界~
Posted by tribe on 2014年10月26日
このところ「ノマドワーカー」という、企業や団体に属さずに遊牧民的に仕事をこなす人達が増えているようです。
日本的なしがらみにとらわれず、自由でスタイリッシュな感じがして憧れる人もいるかもしれませんが、本物の遊牧民=ノマドとはどんな人達なのかはほとんど知られていないように思います。
今回ご紹介しようと思うこの本は本場の遊牧民の生き方を知るための、わかりやすくて読みやすいガイドブックの一冊となるでしょう。
失われ行くトルコ遊牧民社会で過ごした夏と秋の記録 /(フィールド・エッセー)
新藤悦子著
「まえがき」より
「近代化が進むに従って、遊牧民世界は急速に色あせ、やがては遊牧民という存在も姿を消してしまうだろうと思われる。遊牧民を追いかけながら常にそのことを感じていた。だから本書に託すわたしの思いは、明日には消えてしまう遊牧民への鎮魂歌(レクイエム)にも似ている。」
この本が書が出版されたのが1990年、今から25年程前です。トルコではもはや本物の遊牧民は姿を消してしまったのでしょうか?
すでにこの頃から完全な遊牧民世界は失われ、半定住の遊牧生活がほとんどになっていたことが伺いしれます。
24歳という若さで、単身、保守的で男性優位社会のトルコへ出かけ、実際の遊牧民と行動を共にする著者の勇気と行動力とたゆまぬ好奇心には驚くばかりです。同時にそれをしっかりとした文章力で伝える才能にも賞賛を送りたいと思います。
著者の新藤さんには、絨毯屋を始めた25年程前にお会いしたことがありますが、探検家と言えるような行動力とはかけ離れた、どちらかと言えば華奢で端整な顔立ちのお嬢さんというような印象が残っています。
その時はシベリア鉄道でハバロフスクから中央アジアまでの旅の話をして下さったのですが、そのお話は今でも記憶に残っています。
この本は彼女が2年前に出版し話題になった絨毯織りの話である「エツコとハリメ」に次いで間もなく出版されましたが、続けて読むことで、さらに遊牧民と絨毯の面白さに出会えるように感じます。絨毯という「モノ」を通じてトルコ人と日本人の共通点や違いが、浮き彫りにされて行きます。
風のように生きる人々
舞台はトルコ東部の絨毯産地で有名なベルガマ地方から北西にあるヤージュベデル遊牧民(ユルック)のヤイラ(野営地)でのフィールドワークです。現在ではもう残されていないと思われるアナトリア遊牧民文化の貴重な記録です。この本を呼んでいて、同時期にドキュメンタリー映像として映画化されたイラン系山岳遊牧民バフティヤリー族の「Peoples of the wind」を思いだしました。
山や谷の草原に風が吹きわたり、その風と共に生きる人々・・・。
あとがきで『なにかを追いかけることは、なにかから逃げることだ』と述べられています。日本社会のしがらみから遊離して、遊牧民のヤイラで風の歌を聞く・・・。精神の遊牧民となって行く様子が、草原の風となって心地よく吹いてくるようです。
現在の新藤さんは絵本作家として西アジアや絨毯にまつわる素晴しいお話を出筆されています。
「空とぶじゅうたん」や「月夜のチャトラパトラ」など大人気で、ますますご活躍中です。
空飛ぶ絨毯のお話は子供向けの童話を超えた小説としての読み応えもあり、この童話シリーズも遊牧民からペルシア絨毯へ繋がる西アジア地域の手織り絨毯を識るための入門書になりそうです。