オックスフォード大学で「絨毯学」を立ち上げたJon T.教授の本を読み解くには?

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このブログでも何度も取り上げているJon Thompson教授の1983年に出版された『Carpet Magic』を斜め読みしながら、30年以上経った現在はトライバルラグを取り巻く状況はどうなっているのかを掘り下げてみたいと思っています。
今年始めのブログで、絨毯を知る「ものさし」として、この本をじっくり紹介してゆきたいと公言しながらすっかり遅くなってしまいました。

『Carpet Magic』は1983年にイングランドのロンドンで行われた、第3回目のICOC(国際絨毯会議)の開催と同時に行われた展示会の図録として出版されました。この本は図録なのですべての絨毯写真に、誰の所有かというクレジットが付けらていましたが、その後に出された改訂版では一般の読者向けに写真とコメントが差し替えられ、末尾に注釈、地図、用語集そしてバイヤーズガイド等が加筆されました。本のタイトルも『ORIENTAL CARPETS From the Tents,Cottages and Workshops of Asia』というとても長いタイトルに変更されました。

さすがに全部を翻訳することはできませんが、個人的に大切に感じた部分や、絨毯を分類するのに役立つと思われる部分を紹介していきたいと思います。

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1983年出版の最初の『Carpet Magic』

評価の低かったトライバルウィーヴィング(部族の毛織物)にスポットをあてた!

繰り返しになりますが、Dr.Jon Thompsonは「織り手の立場」から、以下の4つのカテゴリーに分類しました。
1.部族の織りと生活用の織物(自家用の毛織物)
2.村のコテージ生産(時としては売りもの用の絨毯)
3.都市工房または町工房の絨毯(商業用絨毯)
4.宮廷絨毯

上の分類方法を何度も取り上げているのは、絨毯全般を理解するのにとてもわかりやすいと思うからです。
手織り絨毯の歴史を見ると『パジリク絨毯』の発見により2400年も前から、自家用の絨毯だけでなく献上品や商品としての絨毯が織られていることがわかってきました。織り手の立場から手織り絨毯を見て行くことで、歴史、地理、民族、宗教、民俗など様々な文化的背景と関係が密であることが理解できるのではないかと思えます。

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1970年代の北アフガニスタンのトルクメン族の少女 

以下はDr.Jon Thompsonの手織り絨毯についての基本的な見方です。

1.部族の織りと生活用の織物について

部族絨毯(トライバルラグ)とは、デザインされたものではなく記憶で織られたものである、本来は売り物ではなく使うためのもので、穀物袋や荷物入れといった実用的な役目だけでなく部族的生活の重要な位置を占めるものである。
絨毯が使われるのは、客を迎える時、結婚の時、贈り物、ピクニック、祈祷の時、動物・テント・家の飾り、そして生活のあらゆる重要な場面にでてくる。織物の伝統的または神聖なパターンは、まさしく部族的な生活や独自性の素地であり、それを保護し囲い込むボーダーによって一つの空間となり、幸運、多産、悪疫払いを促す機能をもつ。また、特定の部族または特別な目的を表すデザインもある。それぞれ意味をもったこれらのパターンは、織り手の属する文化を見なければ理解できない。
(ただ残念なことに、市場にでてくるほとんどの部族の織物は、民族学的なジャンク品に近く、民族学的な草スカート?や投槍と同等である。部族の織物と呼べるものがあっても、もはや部族的な生活の伝統や需要にとらわれない織り手によって作られたものである。)19Cの部族の織物の中には、並外れた美しさを湛えるものがあり、その内の数枚を選び本書の中で部族絨毯の代表として紹介している。「部族的生活の衰退」の事実は、絨毯を織る共同体だけに生じたことではないので、最高の部族絨毯は、芸術的に高い評価を得ているアフリカンアート、オセアニア、アメリカ北西部のネイティブアメリカンアート(プリミティブアート)と比較できるものを持っていて、類似性が見られることもある。中央アジアのトルクメン族は芸術性の高いラグを織る最も傑出した部族ですが、不思議な事に、Bill Holm博士によって再発見された19世紀から最近にいたる北太平洋の先住民族のアートと、一定のデザイン性の基本法則にも多くの共通性がある。部族の織り、村の織りの中には、そのデザインのパワー、原始的な抽象性、深い本質、また女性の手で維持されてきた伝統であるところに、初めて、この手仕事を見た多くの人を驚嘆させるものがある。これまで絨毯をアートだと考えなかった人たち、特に20Cの抽象絵画好きが、どのような反応を示すか見てみたいものである。

ここではトライバルラグの持つアート性について述べられています。

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ホラサーン地方のバルーチ族塩袋

2.村のコテージ生産(売りもの用の絨毯)では

村のコテージ生産は、織り手が自宅で空き時間に作業することによって支えられている。特徴としては、部族の織りの原始的な質をいくらか持ちつつも、部族的生活の伝統世界の外にいる買い手を意識して、織り手が絨毯に修正を加えることである。コテージ生産の織り手は、ヴィヴィッドな色への嗜好を残しながらも、流行、おしゃれ、売れ筋のものを作りたいという願望を映し、町の絨毯をコピーしたり、全く新しいパターンを考案したりする傾向がある。コーカサスでは19世紀後半に、コテージ生産の織り手たちが極めて創造的になり、伝統的なパターンの要素を取り入れながら、それをアレンジして新しいデザインのレパートリーを増やしていった。
これが今はコレクターの収集対象になっている。村のコテージ生産の絨毯のほとんどが記憶または簡単な指示図の助けを借りて織られる。パターン画(cartoon)が使われることもあるが、工房で要求されるような精密さはない。部族絨毯との違いは、より都市的なデザインと市場の需要に応じやすいことである。性質的に部族絨毯と工房絨毯の中間あたりに位置する。

ヨーロッパで絶大な人気のあるコーカサス絨毯についての状況が解説されています。

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コーカサス地方を代表するカザクラグ

3.都市工房または町工房の絨毯については、

町と都市工房では生産プロセスに則った商業用絨毯が作られる。一人の織り手が何から何までやるのではなく、専門化した作業に分業される。デザイナーがパターン画という形で正確なデザインを描き、織り手は指定されたパターンをひと目ずつ忠実に織っていく。織り手にとって絨毯は生活の糧を得るための手段であり、特別な思い入れはない。従って、工房絨毯は壁紙やカーテン生地と同じようにデザインされ、実際に「インテリア」として使用される。そうした意味で絨毯は「デコラティブアート(装飾美術)」と呼ばれ、J.ラスキン(英国芸術批評家思想家1819-1900)から始まり、最近まで(美術として)軽視され続けたが、今は再評価され興味を引くようになってきた。20世紀の抽象芸術の多面的研究を経て、もはや「単なるデコレーション」とも言われなくなり、相応のデザイナーはアーティストとして認識されるようになった。デザインの質しだいで、工房絨毯も美術品として扱われるようになると信じている。

ここではデザイナーと織り手の分業による商業的絨毯についての解説です。

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祇園祭 月鉾の縣層品 ムガル時代の絨毯

4.宮廷用絨毯については今回は触れませんが、日本にもイスラム美術と絨毯研究の専門家がいらっしゃいますので、機会のある時に紹介したいと思っています。

実は二十数年前に、デパートなどを中心に販路を持つあるインテリアメーカーが、Dr.Jon Thompsonのこの本を翻訳しようと、知人に翻訳を依頼したそうです。ところが翻訳が仕上がった時点で突然中止になり、知人は途方に暮れたと聞きました。あとから聞いたのですが、真相は本の内容があまりにトライバルラグ讃歌であり、その会社が売りたかった商業的絨毯に対しての記述が少なく、また内容も消極的だった事にあったそうです。1980年代のバブル時代を象徴するようなお話です。

参考文献:『Carpet Magic』・『ORIENTAL CARPETS From the Tents,Cottages and Workshops of Asia』 by Dr.Jon Thompson

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執筆者:T.Sakaki