トライバルラグを探して 〜アフガニスタンに近い町ペシャワールへ〜

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Infomation(コト) -

2週間程アフガニスタンの絨毯が集まるパキスタン北西部の町、ペシャワールへ行ってきました。

わけあってインドのデリーからパキスタン国境越えの陸路でペシャワールに向かったのですが、インドVSパキスタンの政治状況のために、デリー〜イスラマバードへは直行便が無く時間のかかる移動となりました。
飛行機を利用するとドバイやドーハを経由するという、時間もお金もかかフライトしかないためです。ダイレクトなら、僅か1時間半ほどなのに不思議です。
そんな訳でデリーから汽車でシーク教徒の聖地アムリトサルを経由、インドボーダー(atari)から国境を歩いて越え、パキスタンボーダー(waga)からラホールを経由、さらにそこからバスでアフガニスタン国境の町ペシャワールへ向いました。

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デリーから7時間半の汽車の旅

アムリトサルの金閣寺で考えたこと

お陰でアムリトサルで、シーク教徒の聖地ゴールデンテンプルに2度(昼と夜)も訪れる事ができました。
日本人のの持つインド人のイメージとは、ターバンを巻いて立派な髭をはやした大柄な男性と、きらびやかなサリーを身に纏う女性という印象があるようですが、まさにこれはシーク教徒といえるでしょう。アムリトサルの黄金寺院(ハリマンディル・サーヒブ)にはそんな人達で溢れかえっていました。ここは首都デリーとはどこか少し違う印象がありましたが、シーク教徒の間では比較的階級意識が少ないことが関係してるのかもしれません。ちょうどお祭りが近いこともあって街角では女装した芸人による大道芸が行われていたり、甘いお菓子が無料で振る舞われていました。大昔に読んだ堀田前衛氏の『インドで考えたこと』を思いだし、「人は何のために生きているのだろうか?」などと、インドでは何故か哲学的な気分になってしまいました。

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様々な色彩のターバンを巻いたシーク教徒

アムトサルからインド国境のatariまでタクシーで一時間程、国境には朝一番に着いたのですが、国境のお役人さん達が開始時間に到着しておらず、結局国境を越えるのに2時間ほどかかりました。その後タクシーでラホールへ。12時のバスには乗りたかったのですが、間に合わず目的地ペシャワールには夜遅くの到着になってしまいました。

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インド〜パキスタン国境のイミグレーション

国境の町という意味をもつ古都「ペシャワール」

ペシャワールはアフガニスタンに最も近い町ですが、アフガニスタンの絨毯、刺繍、民族衣装などが集まる町として古くから賑わっていました。

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活気のあるペシャワールのメインストリート

5年程前は自爆テロなどもあったようですが、ここ数年は町中にいたるところに警察官が立っていることもあり、治安はだいぶ落ち着いていきているようです。
ハイバル峠を境とするアフガニスタン国境から50キロ程東に位置するこの街は、「国境の町」という意味を持つそうです。
インダス川を越えると住む人々が違うのか、インド〜パキスタン世界とは異なった印象をうけますが、遊牧民的なアフガン(パシュトゥーン)人の世界に近づいた感じがあります。

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シャルワールカミースと帽子とあご髭の全身を白でまとめたご老人

この町の絨毯産業はパキスタン自体より古い歴史を持っているようで、11世紀のガズニ(ガズナ)朝によってこの地域にもたらされたそうです。インダス地域は元々の絨毯産地ではないため、必然的に他の地域の絨毯デザインを真似て織るということが多いようです。例えばトルクメン族のテケ族の花紋(ギュル文様)のデザインを「ロイヤル・ブハラ」としてパキスタン絨毯職人が商品化して世界中に輸出しています。個人的にも初めて出会った手織り絨毯はパキスタン製のトルクメンのギュルデザインでした。

これに関してユニークなエピソードが残っています。1930年にインド亜大陸の伝統的な手織り絨毯の世界を汚すような事件がおきています。絨毯産業に関わるパンジャーブ人の絨毯職人が例の上質なトルクメン絨毯デザインを真似て額で海外に輸出したところ、不良羊毛のせいでその絨毯はすぐにバラバラに壊れてしまい買い手を驚かせました。なんとその糸は英国軍が廃棄した靴下から再利用したものだったというのです。*1

世界の毛織物が集まる町「ペシャワール」

その伝統かペシャワールは軍の払い下げ品の集まる市場やアフガンに大量に寄せられた古着をただ同然で売るバザールなどもあり、アフガニスタンから運ばれたアンティーク絨毯も欧米の市場価格から比べてお買い得であることは知られています。またどんなルートで運ばれてくるのか不明ですが、トルク、イラク、コーカサスなどのアンティークラグや、時として北米先住民のナバホ族のブランケット、はたまた南米大陸のボリビアのインディオの衣装でもあるマンタと呼ばれる布まで出てくる事もあります。

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絨毯を織るのに欠かせないナイフと叩き器具(ダグ)

こんなペシャワールの絨毯バザールは1日中いても飽きることはなく、今回もはっと気がつくと1週間が経っていました。
出会った絨毯商たちの多くはアフガニスタンからの移民で、パキスタンに居るには様々な制約や困難があるようですが、そんな厳しい環境でも、逞しく、またじっくりと絨毯商としての活動を続けているのが感じられました。

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お世話になったマザーリシャリフ出身のトルクメン兄弟

マザーシャリフから来ているトルクメン族の家族、カブール出身のタジク人、我々日本人にも似たウズベク系の絨毯商に出会う事ができました。彼らの扱う絨毯はほとんどがアフガニスタンで織られたものなのですが、アフガン北部のトルクメン系、西部のタイマニ、アイマクなどの遊牧民の毛織物、南部のバローチ系のキリムや袋物など、どれもオリジナルのトライバルラグです。今回の仕入れでは、個人的に大好きな深紅のトルクメン絨毯、素朴で味わいのあるタイマニの袋物、シックでセンスのあるバルーチのキリムやサドルバックが見つかりました。

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コンピューターシステムを学びながら絨毯屋を手伝う若者

現在は現地にて修復とクリーニングを行っております。到着次第このブログでも紹介してゆきたいと思っています。

イオリ庵DM写真面のコピー
トルクメン・タイマニ・バルーチ族のラグ

*1 参考文献:「Carpets Wars」 クリストファー・クレイマー著

執筆者:T.Sakaki