鎌田由美子著 渾身の絨毯研究書『絨毯が結ぶ世界』その②

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今年の祇園祭はあっさり終ってしまいましたが、蒸し暑い夏は今も続いています。
数年前に出かけた祇園祭りは、大形の台風が近づいてきていて、いつ上陸してもおかしくない状態で、冷房の利いた室内から外に出ると、眼鏡が真っ白に曇ってしまうほど京都の町は凄い湿気に包まれていました。
そんな中でも「祇園祭」は何事も無かったように開催されていました。雨が降ろうが、槍が降ろうが、動じない、このあたりに京都人の肝の据わった心いきを感じました。
前置きが長くなりましたが、前回の続き『絨毯が結ぶ世界』についてです。

監獄で織られる伝統を持つインドと日本の絨毯産業

まずは、一般的に知られているインド絨毯にはどんな特徴があるのでしょうか?
世界の手織り絨毯の研究書はいわゆるオリエント地域の絨毯がほとんどです。百科事典的な世界各地の絨毯を紹介する本でも、インド絨毯の章はほんの僅かです。そしてそのほとんどは北インド産の絨毯で、ムガル朝で有名なラホールをメインにアグラ、アムリトサル、ジャイプールなどです。
まれに伝統の木綿製の綴れ織りの敷物(ドゥリー)、などが紹介されていますが、一年を通じて暑いイメージのある南インドで毛足のある羊毛製の絨毯が伝統的に織られていたことは、ほとんど知りませんでした。また、世界的にもあまり知られてこなかったかもしれません。

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イギリスがムガルに注文した「ガードラー」絨毯

特に北インドではJail carpet(監獄じゅうたん) と呼ばれる刑務所の囚人達によって織られた絨毯が存在しています。ムガル時代に刑務所のあったラホール、アグラ、アムリトサル、ジャイプールなどがそのまま絨毯の産地になっています。またその後、英国の植民地時代にもイギリス政府の監督で、刑務所内で欧州への輸出向けの絨毯を織っていたこともあるようです。

話がメインの話題からそれてしまいましたが、圧倒的な手間仕事である、絨毯を織る作業は歴史的にも製産者と労働者との間に複雑な関係を作ってきたかもしれません。江戸期に始まったと言われる、日本の最古の手織り絨毯である佐賀の「鍋島緞通」も、途絶えそうになってい技術が佐賀の刑務所に残っていて、刑務所の所長がその技術を産業として継続させたことは良く知らています。(吉島織物)

インド絨毯研究家 S.コーエン氏の分析とは

北インドに関する絨毯の研究や分析に関してはある程度の情報がありますが、南インドの絨毯に関しては情報が少なく、今回紹介した「絨毯が結ぶ世界」が極めて希少な南インド絨毯の専門書と言えることは前回紹介しました。
ではどこが北と南の絨毯の違いなのでしょうか?
「絨毯が結ぶ世界」の中で、著者はインド絨毯研究家Steven Coen氏の示した南北のインド絨毯についての幾つかの特徴を、わかりやすく紹介しています。

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17世紀のムガル産と言われる絨毯

①染料による発色の違い。
②パイルおよびタテ糸の素材および組織の違い。
③表現される文様の違い。

上の特徴を少しフォローすると
①の染料の違いは?
北インドムガル朝絨毯=ラック貝殻虫の色素に由来する鮮やかで濃い赤い色が特徴。
南インドデカン産絨毯=柔らかなピンク、山吹色、明るいベージュなどが多い。(ヨコ糸にピンクの綿あるいはオフホワイトの綿を使うことに由来)

パイル織りの構造の違いとは?
北インドムガル朝絨毯=隣り合うタテ糸同士が構成する角度が高い。ータテ糸の重なり具合(デプレス)が深く、結果堅牢度が増す。(ペルシャ絨毯など)
南インドデカン産絨毯=隣り合うタテ糸同士が構成する角度が低い。ータテ糸の重なり具合(デプレス)が浅く、堅牢度が減る。(部族絨毯など)

③特徴的な文様による見分けとは?
南インドデカン産絨毯に良く見られる幾つかのモチーフがあり、そのひとつの総状花序(raceme)文様。

この総状花序(raceme)という聞き慣れない名前のモチーフは確かにペルシャ絨毯などでもほとんど見たことが無く、この本の表紙カバーでも取り上げられていますが、とても印象的でした。

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この本の表紙になっている、徳川美術館所蔵の絨毯の部分

Steven Coen氏は祇園祭の北観音山の絨毯なども含めて世界に残るデカン産の絨毯を調べ、『デカン産絨毯のーコーパス』という論文を発表しているようです。資料集成を「コーパス」と言うそうですが、鎌田由美子氏はCoen氏の示したデカン産絨毯の数などから、コーパス(集成)と言えるかどうか疑問を投げかけているようにも思えます。なぜならまさに「絨毯が結ぶ世界」にはデカン絨毯のコーパス(集成)と言える調査、研究、資料集だと言えるからです。

祇園祭の月鉾からみる北インドとデカン産の違いとは?

ここでは紹介できませんが、この本の中ではデザインによる南インド産絨毯の分類が10項目にわたって続きます。この本のメインテーマとも言える「南インド産絨毯」の充実した分析が続いていて、読み応えがある部分です。
京都祇園祭の縣装品も多数紹介されていますが、世界各地の美術館、インドの宮殿の装飾品、コレクターの所有品なども含め、特徴的な絨毯の文様表現が、先に紹介した分類方法によって解説されています。またその後の章では京都の祇園祭の『ラホール絨毯』再考というテーマで、これまでラホール産とされていた「月鉾」の絨毯などに鋭い分析のメスを入れています。この月鉾の絨毯は1994年にイギリスの権威ある専門紙『HALI』の表紙を飾ったこともあり、祇園祭の看板絨毯とも評されている絨毯です。

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月鉾の前がけ絨毯

メトロポリタン美術館で行なわれたインド絨毯の特別展「足元の華」のカタログでも「北インド、ラホール、1620-1630年頃」と紹介されています。同時のこの展示の際に梶谷宣子氏らが、タテ糸、ヨコ糸、組織等についての詳しい分析を行なっています。ただこの結果から鑑みてもデカン産の絨毯の特徴を多く共有していて、さらには織られた年代などの証拠も存在してないようです。鎌田由美子氏はこれらの検証結果を踏まえながら、この月鉾の絨毯をデカン産と理由づける根拠として世界各地に点在する同様のデザイン、特にインナー&アウター・ガード・ボーダーの共通性、タテ・ヨコ糸の組織と素材、結びのノット数などから総合的に月鉾絨毯がデカン産であると分析してます。インド絨毯としては知名度が高い北インドラ産と同定されている世界に存在する絨毯群も、実はデカン産である可能性が高いとしています。

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絨毯に表現される様々なボーダーモチーフ

著者は、メトロポリタン美術館を始め、世界的な権威のある美術館、伝統文化に対しての自信とそれを守り続けているという自負を持つ専門家達に対して、怯むこと無く、正面から新しい検証を行い、それを裏付ける圧倒的な資料の集成を行なっています。この本がこれまでに100年以上の格差のあった日本と世界の絨毯やイスラム美術研究の世界に投じた役割は大きく、絨毯を通じてどこまで世界が結び合えるのか?著者の提案した、絨毯の新しい道標を、今後の批判や評価も含めて時間をかけて知ることができるのも楽しみのひとつではないでしょうか。

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参考文献:
『絨毯が結ぶ世界』〜京都祇園祭インド絨毯への道〜 鎌田由美子著 
『Flowers Underfoot』 〜足元の華〜 Daniel S. Walker, Metropolitan Museum of Art (New York, N.Y.) メトロポリタン美術館の図録
『The Oriental Carpets』 by P.R.J.Ford

サイト:祇園祭のインド絨毯「絨毯が結ぶ世界」鎌田由美子著
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執筆者:T.Sakaki