「ギャベ」だけではない、カシュガイ族の毛織物

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Goods(モノ) - 部族の手仕事

前回のアフシャール族に引き続き、カシュガイ族を紹介したいと思います。
日本では一番良く知られるイランの遊牧民はカシュガイ族ではないでしょうか?これには日本で大人気の「ギャベ」 گبه という絨毯が関係していると思われますが、インターネットでもたくさんの販売サイトが見つかります。
ウェブサイトの多くは、「ギャベ」をイランのカシュガイ遊牧民によって織られる絨毯と紹介しています。
また一応に「ギャベ=گبه」 とははもともとペルシア語で「粗いとか、ざっくりとした」という意味がある云々、、、。」などとありますが、現代ペルシャ語辞書で調べてみても「گبه」なる単語はみつかりません。

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カシュガイ族のオールドギャベ

では「ギャベ=گبه=粗い絨毯」はどこからきたのでしょうか?一説にはアラブ語が由来とも言われますが、それも確かではありません。

日本以外では、カシュガイ族は遊牧民の中ではもっとも緻密で多様な織りの技法(キリム、ジジム、スマックなど)を持つ部族として知られています。どの辺りで情報が交錯してしまったのか? 考察してみたいと思います。

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カシュガイ族のメインカーペット 19世紀

イランを代表するトルコ語系遊牧民カシュガイ族とは?

主な居住エリア:(イラン南部ファルス州)
主な集積地:(シラーズ・アバデ・フィルザバードなど。)
主なサブトライブ:(アーマレ、カシュクリ、シェシェボラキ、ダレシュリ、ファルシマンダンetc..)

カシュガイ族はイラン南部を中心に移動生活を行なう遊牧民ですが、起源はシャーセバンアフシャール族と同じトルコ語系です。そのルーツは11〜12世紀に中央アジアから移動してきた、オグズ族を先祖に持つ人々と考えられています。

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珍しいギャベの雰囲気をもつチャンテ(小袋)

「カシュガイ」という名前の由来に関しては幾つかの説があるようですが、その一つはイラン北部のサバラン山(シャーセバンの野営地)の西側にある「Qasha Dagh=カシャ ダグ」と呼ばれる山の近くがテリトリーで、当時のイランのイスマイリ王(1487-1524)の命により、ポルトガル軍の警護のためにイラン南部の現在の地域に移住させられたので、以前住んでいた「カシャ ダグ」を忘れないために、その名をつけたという説。
また、11世紀の中央アジアを旅立った22の部族のうち、東トルキスタンにルーツを持つ「Kalja=カラジャ」族が、現在の中国西域の「カシュガル」に居たことに由来しているという説などがあるようです。

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多様な技術を持つカシュガイの織り物

現在はイラン南部ファルス地方に住んでいますが、ファルス地方はイラン文明発祥の地ともいわれ、古代アケメネス朝の宮殿ペルセポリスをはじめパサルガデなど、数多くの歴史的遺産を持つ地域です。楽園(パラダイス)のような庭園や葡萄畑の広がる町シラーズからカシュガイ族の多い町フィルザバードと通じる道には、現在でもカシュガイ族の黒山羊毛の三角屋根のテントが見られます。

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カシュクリ支族の綴れ織り(キリム)

カシュガイという名は大部族(アシャイール)の代表名ですが、上下関係を基盤にした部族構成がしっかりと確立されているようです。
その下には6つの支族(タイフェ)である、アーマレ、ダレシュリ、ファルシマダン、カシュクリ、シェシェボラキという支族に分かれ、さらにその下部組織には氏族(ティーレ)が存在し、さらに枝分かれして最後には各家族(ハネバデ)に至るというピラミッド構造に組織化されています。このしっかりとした組織体系が、長期に渡って遊牧生活を続けてこれた要因になっているようです。

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多様な技法が組み合わされたサドルバック

カシュガイ族は春と秋には定期的な移動をすることから、遊牧民のお手本のようです。最近では移動にあわせて子供達向けの移動教室があり、町に定住する親類などに預けなくても、野営地で授業を受けられるようです。
元来、華やかな色彩を好む人々で、オレンジや黄色系統の目のさめるような鮮やかな衣装に身を包み、たくさんの絨毯、キリムを織ることからもイランを代表する遊牧民といえるでしょう。

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ペルシャ絨毯のフォーマットを取り込んだカシュガイ絨毯

カシュガイラグの二つの特色

カシュガイ族の毛織物は素材(羊毛)と色彩(染色)に大きな特徴があります。まずファルス州の自然環境に適応した良質な羊(中央アジア原産のファットテイル種=お尻に脂肪を貯める)をたくさん所有しているということです。この羊の毛には腰と艶やがあり、毛足も長く、絨毯やキリムを織るのに適しています。

もう一つは染めに必要な植物が豊富で、染色技術が高いことが挙げられます。染めの技術が低いと「アブラッシュ」と呼ばれる「染め斑」が出来やすいのですが、カシュガイ族は伝統的に「2度染め」という時間をかけた方法をとるため、発色の良い糸を染めることが可能です。
さらに高度な織りの技術を持つことから、ムガール朝や、サファビ朝に最盛期を迎えた装飾性の高いクラシカルなデザインの絨毯を織ることも多く、世界中の絨毯愛好家からも高い評価を得てきました。1970年代の終わりくらいからは、欧米ではトライバルラグを含む絨毯熱が高まりカシュガイ絨毯の評価はさらに上がり、トライバルモチーフからペルシャ絨毯デザインまで多様な絨毯が織られ、集積地であるシラーズを経由して世界各地へ輸出されるようになります。

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手紡ぎの質の良い羊毛がタテ糸に使われている。

部族絨毯研究家のJames Opie氏は特に南イランのトライバルラグに詳しく、この時期のカシュガイの絨毯生産の成熟期を「トライバルラグルネッサンス」と述べています。
この時代の絨毯フィーバーが、近隣のハムセ、アフシャール、ルル族などの部族絨毯生産へのきっかけになり、文様の交換や交流も進んだと言えるかもしれません。カシュガイのキリムには大胆な幾何学文様が見られ、メリハリのある配色や鮮明な色の使い方からアナトリア遊牧民やトルコ語系のシャーセバン族の伝統的なキリムとの共通点も見られます。
現在でもたくさんのキリムやジジムそして変化のある毛織物(モジェ)が織られていて、遊牧民を代表する多様で高い技術を持つ部族のひとつと言えるでしょう。

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モジェと呼ばれる綾織りと綴れ織りを取り混ぜた掛け布

イラン人の修復師の友人に、どの部族が高い技術を持つかと聞いたところ、カシュガイ族という答えが返ってきました。バルーチ族である彼が他の部族と答えるのに、少し驚きました。
その後はカシュガイの毛織物に出会う度に技法もチェックするようになりましたが、確かに様々な技法を駆使していることがわかってきました。先に紹介した宮廷デザインを取り込んだ絨毯も多数織られています。見ていくと単純な「ギャベ」とは正反対の高い技術と伝統を持つ部族だということがわかります。

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様々な技法で織られたカシュガイの小袋(チャンテ)

またカシュガイは移動する必要があるために織り機は常に移動に適した水平の織機が使われています。このため大きいサイズのものを織る場合、織り上がった部分に乗って作業を進めることがあります。乗った部分はタテ糸が伸びるため多少のゆがみが出る場合があります。そのゆがみがラグやキリムに独特のゆらぎを生みだし、その不完全なフォルムが機械製品とは違う安らぎを与えてくれるのではないでしょうか?

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フィルザバード周辺のカシュガイの母と娘
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カシュガイ族のゆがみのある綴れ織り(キリム)

どうしてギャベはこれほどのブームになったのか?

余談ですが、日本では大人気のギャベの商業的な生産もこの時期から始まりました。1970年代にスイス人絨毯コレクターG.BORNET氏のコレクションに端を発した、ギャべブームはゾーランバリというイラン人の絨毯商の活躍で世界各地に広まりました。彼のプロデュースによってでシラーズからフィルザバードの村々で大量のギャベ製作が行われました。中にはギャベ絨毯によって世界的なお金持ちになったディーラーやベンツなどを乗り回す元遊牧民も存在し、ギャベビジネスは『カシュガイドリーム』と言えるかもしれません。

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カシュガイ族のラクダ毛が使われたギャベ

そんな中で作られた映画「ギャベ」も、カシュガイ族の遊牧民の女性が主役で、はっきりとした顔立ちとカラフルな民族衣装が印象的でした。10年程前までは彼らは映画に出てくるままのスタイルで生活しており、泉や小川などに洗濯や水汲みに来ている女性達に出会うとカーキ色の背景にまるで花が咲いたようでしたが、今はどうなっていることでしょう?

初めてギャベを見た時は、そのシンプルさが日本で受けるだろうなという印象を持ちました。ただ他にあまりにも魅力的なラグやキリムがあったので、ここまで広まるとは思いませんでした。
それから20年程経ちますが、ギャベはホームセンターなどでも見かけるほど人気です。その人気から最近ではインドや中国産なども出回りつつあるようです。もし遊牧民の織ったというフレーズに魅力を感じてギャベを選ばれる方には、注意が必要かもしれませんが、手織りの絨毯の魅力を知るきっかけになって欲しいと思います。

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カシュガイ族らしいアンティークのメインラグ

参考文献:「TRIBAL RUGS」 By Brian Macdonald.
「TRIBAL RUGS」 By James Opie.

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執筆者:T.Sakaki