民芸とトライバルラグ1. (トライバルラグとは何か?-2) 

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Goods(モノ) - モノの役割

日本では唯一とも言える絨毯研究者である鎌田由美子さんの論文が掲載されている『自然を前にした人間の哲学』の中の「柳宗悦の自然感と絨毯」を参考に、
民藝運動の中心的な存在であった柳宗悦氏が絨毯をどのように見ていたのか?

また柳宗悦とその周りの工芸家や作家達が現代の遊牧民の毛織物を見たらどのように感じるのかなどを想像しながら、民藝とトライバルラグについて考察してみたいと思います。
15年ほど前に渋谷のPARCOパート1に洋書を扱う「LOGOS」という書店がありました。その目の前にあったLOGOSギャラリーで展示会の際、別冊太陽で「柳宗悦の世界」という本を見つけました。

偶然にもこの時は遊牧民の食事の際に欠かせない「ソフレと塩袋」という毛織物を100枚集めて、「遊牧民の用と美」をテーマにした展示を行っていました。

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Bread&Salt 100枚のソフレと塩袋展

兼ねてから民藝には興味があり、「用の美」というコンセプトと遊牧民の毛織物との共通点や違いは何かを考えていました。

渋谷からも近い日本民芸館が大好きで、民族や布関係の展示会には必ず訪れていました。

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東京駒場の日本民藝館

柳宗悦も愛用していたルル族のサドルバック

ちょうど同じ頃、日本では貴重な西アジアのパシュトゥーン族やバルーチ族などの遊牧民研究者である松井健氏が、「柳宗悦と民藝の現在」という本を出版されました。

それまでは文化人類学者として認識していた松井氏がどうして柳宗悦と民藝なのか?

驚きとともに遊牧民と民藝にはどのような関係があるのかを知りたくて、貪るように読みました。ちょうど柳宗悦と「民藝=MINGEI」が一部の人達に見直されつつあったタイミングだったと思います。

その背景には100円ショップやユニクロに代表されるファーストファッションなどの大量生産、大量消費社会化が進んでいた日本の日常生活に、意識の高い人達が疑問を持ち始めた時期に重なったのかもしれません。

その後もBEAMSなどのセレクトショップが「MINGEI」を取り扱うことでこの流れは加速し、つい最近まで続いているように思われます。

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柳宗悦の書斎とサドルバッグ 1953年頃

「柳宗悦の世界」を読み始めて嬉しかったのは、その中に1953年頃の柳の書斎の写真が掲載され、そこにルル族のホルジン(鞍掛袋=サドルバッグ)の片側と思われるクッションがカウチの上に写っていたことです。

鎌田由美子さんの論文の冒頭にもその写真が紹介されていて、「なぜ、柳はそうしたものを所有していたのだろうか?」という疑問を投げかけています。

戦後間もないこの時代にどのようにしてこのトライバルラグを入手したのか?
トライバルラグを扱う者としてはとても気になりました。

本の中で鎌田さんは、おそらく海外視察の際にヨーロッパのどこかで入手されたのではないかと述べています。


今回は19世期末のヨーロッパの加熱する手織り絨毯の市場や、民藝運動と一見共通するジョン・ラスキンやウイリア・モリスらの行った「アーツ&クラフツ」運動との関わりも含めて考察してみたいと思います。

「柳宗悦の自然感と絨毯」の最後に、「絨毯」は日本ではあまり周知されることがないマイナーな手仕事ではあるが、そこから柳とモリス両人の理念や共通点が浮かび上がってくると結んでいます。

工芸(クラフト)という『モノ』を通じて現在にも繋がる歴史的ムーブメントを引き起こした、東西の思想家が「絨毯」をどう捉えていたのかに注目したいと思います。

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若き日のウィリアムモリス

大の絨毯好きだったウイリアムモリス

ウイリアムモリスが絨毯に魅了され、自らも絨毯を製作し、多くの価値のある絨毯を収集し、世界的に価値のある絨毯をV&A美術館などに紹介したことはとても有名です。

自らが織った絨毯は「Hammersmith ハマースミス」というブランドでロンドンのお金持ちや貴族階級に好まれ、十数点の記録に残る絨毯を制作しています。

5年ほど前にsotheby’sというオークションでモリスの織った絨毯が出品されていましたが、落札価格はなんと185,000£=24,000,000円というすごいことになっていました。

これらの絨毯はペルシャ絨毯に通じるデザイン構成ですが、当時オークションなどの絨毯鑑定もしていたモリスが、世界の3本の指に入ると評価される「アルデビル絨毯」、「チェルシー絨毯」などを
現在のV&A博物館などに収蔵する立役者となっています。

当時は産業革命を経て近代化へまっしぐらという社会状況で、政治にも関わり、社会主義活動にも傾倒していたモリスなので、
本来の彼の作品の根底には、庶民の素朴な暮らしの中で、住む人の心に安らぎを与える、実用的な室内装飾品の普及を目指していたことでしょう。
ところが皮肉なことに彼の作成した絨毯はコストも問題も含めて、お金持ちしか所有することが出来ない貴族的な美術品へと変容してしまったようです。

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驚くほどの価格で落札されたウィリアムモリスの織った絨毯


この辺りの矛盾をよく見ていてた柳は、モリスが当初目指した工芸(クラフト)ではなく、彼の作品は美術品(アート)、いわゆる貴族趣味なるモノになっていることを批判しているのも理解できます。

社会思想家ジョン・ラスキンに対しては評価を惜しまない柳が、モリスをどのようにみていたのか?またモリスの作品に対する評価も含めて興味深いテーマです。
徹底して庶民の側に立ち、貴族的な物や個人の自我が滲み出るような作品を批判してきた柳の考え方は一貫しています。

ただ絨毯という手仕事は焼き物などと比べて作成するのに圧倒的な手間と時間を要するため、いくら優れた技術やデザインを持ってしてもそのコストの前に高級品とならざるを得なかったことも見逃してはならないと思います。

とにかく絨毯は織るのに時間がかかります。
その手間から、いわゆる先進国では一般に流通する商品とはなりにくいのも、絨毯というモノの持つ一つの側面です。
このことに関してはいつかじっくりと考察したいと考えています。

モリスに関しては日本でも研究者も多く様々な資料がありますが、特に絨毯との関わりについては、鎌田由美子さんと同じ慶應大学で経済学を教えておられた坂本勉氏の「ペルシャ絨毯の道〜モノが語る社会史〜」にも詳しく書かれています。

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ロンドンの瀟洒な住宅のインテリア

ヨーロッパへの手織り絨毯の広まり

モリスがアーツ&クラフツ運動の先頭を走る騎手として活躍した1870〜90年代のイギリスは、産業革命を経て世界の覇権国家としてそれまでの繁栄を極めた大英国時代か、ら少し翳りを見せる時代だったようです。

出口の見えない不況に向かう時代に入る直前期で、不況の波で物価は下落傾向にあったものの、賃金はそれほど下がらずに国内需要は増加し、イランから輸入される絨毯の量は急増していたと記録にあります。

この背景には当時のイギリスの住宅事情が大きく影響していたようですが、ロンドンのウエストエンドという地域に瀟洒な住宅が建築され、そこに住む金融、製造、商人達などが室内装飾に絨毯を求めたという時代の流れも
絨毯ブームの追い風になったようです。

イギリス発の映画やテレビドラマなどにもこの時代を思わせる重厚なアンティーク家具と手織り絨毯が登場します。


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オリエントの手織り絨毯が敷かれている

19世紀の後半には絨毯に代表される東洋からのエキゾチックな輸入品が大ブレイクし、この影響は当時絨毯を作成してたトルコやイランなどの国々にも幅広い社会的及び経済的変化を及ぼしました。

このブログでも再三紹介している英国の絨毯研究家Dr.Jon.Thopmson氏もこの頃の需要の高まりに対応して、イギリスに受けるような新しい流れの絨毯工房がタブリーズの周辺などの設立され、
その後の商業的ペルシャ絨毯産業の発展の引き金になったと述べています。
面白いのは商売熱心なイスタンブールやタブリーズの絨毯商達が、供給が追いつかないのでトルコやイランの村々や遊牧民のテントの中からとにかく古いものを探し出し、ブハラ、マシャド、シラーズ、タブリーズなどの古くからの絨毯集積地からラクダのキャラバンなどでコンスタンチノープル(現在のイスタンブール)を経由して西洋に持ちこんだとされています。

惜しくも昨年亡くなったDr.Jon.Thopmsonですが代表作「Carpet Magic」の中で「1870~1880年頃には袋物やテントベルトなどの小さめのトライバルラグの多くはバラバラにカットされ、
室内装飾用のクッション、ソファカバー、あるいは椅子の貼りなどに加工されたが、床に敷いて使っていたら状態はもっと悪くなり、皮肉にも結果としてはいい状態で残されたのではないか」と記しています。

余談として、この当時の人気の高まりがカシュガイやトルクメンなどのデザインを取り入れて、機械織のテキスタイルを産業として成功したドイツのkoch&tekoch社のような室内装飾の会社を産んだことも紹介されています。

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カルロ・クラヴェッリ 『聖エミディウスを伴う受胎告知』

今回は触れませんが、もちろんそれ以前の16~17世紀にはオスマントルコ帝国からの絨毯が王様や貴族など一部の特権階級の間では人気で絵画中にも見られます。

現在コロナウィルスの影響で延期となっている国立西洋美術館で開催予定だったロンドン・ナショナル・ギャラリーのコレクションにも多くの絨毯が描かれた絵画が収集されています。

豪華なパンフレットにもたくさんのオリエント絨毯を描いたことで有名なカルロ・クラヴェッリの代表作が大きく掲載されています。

1842年に開設されたロンドン・ナショナル・ギャラリーも大英帝国時代の栄光を想像させてくれます。


もし延期されて見られることになったら、最も勢いのあった英国の資金力で集めた絨毯のたくさん表現されている絵画も見に行きたと思っています。
次回は柳宗悦の考える民藝とトライバルラグについて紹介したいと思います。

参考文献:『自然を前にした人間の哲学』 鎌田由美子他
「柳宗悦と民藝の現在」 松井健著
「ペルシャ絨毯の道」 坂本勉著
「Carpet Magic」 Jon Thompson著
ロンドン・ナショナル・ギャラリー展 国立西洋美術館 (現在閉館中) 予定6/14日(日)まで。

執筆者:T.Sakaki