☁️ホラサーンで見たクラウドバンド(雲龍)その1.

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Goods(モノ) - 部族の手仕事

初めてイランホラサーンの州都マシャドの空港に降りたったのは1991年でした。
今でもその時の光景が忘れられません。
当時はまだ携帯電話にカメラがついていなかったので、写真を直ぐに取れなかったことを今でも後悔していますが、この世のモノではないような空を見ました。
後で知ったのですが、それこそがクラウドバンド(雲龍文様)だったと思います。

クラウドバンドと呼ばれる不思議な絨毯

トルクメン絨毯の中で、他とは明らかに違うデザインの絨毯があるのですが、それがクラウドバンドデザインと呼ばれる絨毯です。
多くのトルクメンの敷物や袋物は、ギュルと呼ばれるモチーフが定規で測ったようにタテヨコ整然と並んでいます。
またエンシと呼ばれるテントの入り口用絨毯もフォーマットが決まっていて整然としたデザイン構成です。
それに対してクラウドバンドと呼ばれる絨毯はそれらとはかなり違っていて、トルクメン絨毯の最大の謎だと感じていました。

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左がトルクメンテケ族、右がべシールラグ

その絨毯を最初にみたのはJon Thopmson氏の「ORINTAL CARPETS」の本の中です。蛇のような、ミミズのような細長いクネクネした文様が連続してが並んでいて、「なんだこれは!」と目が点になったのをよく覚えています。
キャプションにはトルクメンエルサリ支族のテントドア用ラグとありました。
後に出版された様々なトルクメン関係の書籍にもこのデザインの絨毯は登場し、その多くはべシールとして紹介されています。なかには4m近いサイズの物もあるので、テントのドアには大きすぎるかもしれません。
ただそのデザインは皆同じようなクネクネ文様が幾重にも連なっています。

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最初に見た「Carpet Magic」の中に出てきたクラウドバンドべシール

これについては研究者によっても様々な意見があるようですが、現在多くの研究者の間では、陶磁器などに見られる中国の雲龍文様が由来という説が定着しているようです。
ただ砂漠に生息するガラガラヘビの一種でサイドワインダースネークという蛇の動きと、移動した後に砂の上に残る模様がクラウドバンドべシールに似ているという説もあります。
この蛇の生息地については議論もあるようですが、中央アジアの砂漠にも同じような蛇がいたことは考えられます。また一度その動きと砂の上の痕跡をみると絨毯のモチーフに驚くほど似ていると感じます。

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砂漠に生息するガラガラヘビの一種サイドワインダースネーク

そして今回マシャドの空港で見た龍のような形をした「雲」との関係です。

この辺りでは雲のことを「アブル」と呼びますが、近隣のウズベク族の手仕事のアトゥラス(絹絣)に表現される文様もアブルバンディと呼ばれ、雲のようなフワフワした文様が多数存在しています。

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ウズベク族の伝統的なアトラスのチャパン(絹絣の衣装)

ここでクラウドバンド文様の由来を整理してみます。

1.中国由来説(龍文様)
2.ガラガラヘビ説(砂漠の痕跡)
3.クラウドバンド(雲龍文様)

このいずれの説かは様々な議論があるようですが、いずれも面白くどれもありそうです。

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左は4m近くある大型のクラウドバンドべシール、右は1.5mと小さめべシール

ICOC(国際絨毯会議)で逃したべシール

この絨毯の実物を最初に見たのは、2007年のICOC(国際絨毯会議)が開催されたイスタンブールのスイスホテルボスポラスの会場でした。
この国際会議については何度か紹介していますが、とにかくイスタンブールの絨毯マーケットが異常に盛り上がっていた2000年代の始めで、2000人をこえる絨毯好きが世界各地から集まっていた国際会議でした。
奇しくも今年2020年の10月20-23日まで同じイスタンブールでICOCvol.15、イスタンブールでは2回目が開催予定でしたが、コロナ禍の影響でつい最近、来年以降に延期が決まったようです。残念!

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2007年ICOC Istanbul Swiss Hotel内の盛り上がった販売ブース

2007年のICOCでは55のアカデミックセッション(絨毯やテキスタイルに関する講義)、10以上の美術館での歴史的絨毯、キリム、テキスタイルの展示、19のポスター展示(写真などによる研究発表会)、そして33ブースの絨毯商や個人収集家による販売会という夢のようなプログラムでした。
前置きが長くなりましたが、その販売ブースでメインの壁に燦然と輝いていたのがクラウドバンドべシールでした。
確かドイツでビジネスを行っているイラン系ディーラーのお店でしたが、他にもバルーチ族のブレイヤーラグ、バーリシト袋など、好みのテイストのものばかりでした。
価格もかなりでしたが、その時はICOCの記念として一枚は購入したいという思いで貯めていた、虎の子を持参していました。
クラウドバンドべシールは8500€と予算オーバーでしたが、バルーチのラクダ毛で織られたプレイヤーラグは2500€で予算ギリギリでした。
その時即決しなかったのを今でも後悔していますが、ついつい欲が出て「他のブースにもっと良いものがあるかもしれない?」という気持ちが湧き、「そうだ一周してから決めよう!」と思ってしまったのです。
他のブースも全てが見たことないようなマスターピースばかりでしたが、「一目惚れしたモノに間違いない!」と思い、最初にクラウドバンドべシールを見たブースに戻りました。

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Besir cloudband carpetsの前で交渉中のPeter Willborg氏

するとそこにはスウェーデンの老舗アンティークディーラーのPeter Willborg氏がスーツ姿で立っていました。
HALIマガジンなどの雑誌の広告やウェブサイトなども素晴らしく充実していて、間違いなく世界のトップのディーラーの一人でした。
当時は飛ぶ鳥を落とす勢いだったPeter氏でしたので、直感的にこれは遅かったかと思ったのですが、案の定こちらが気になっていたバルーチのプレイヤーラグはもちろん、クラウドバンドべシールを含む10点ほどのアンティークラグはすでにSOLDOUTになっていました。
実はこの記事を書くために彼のウェブサイトを見て驚いたのですが、Peter Willborg氏は昨年1月にまだ64才という若さで他界していました。
素晴らしいコレクションと共に、スエーデンにおける絨毯愛好家のソサエティを組織したり、絨毯の研究や保存に大きな貢献をしていたのでとても残念です。ご冥福を祈りたいと思います。

その次にこのラグの実物を見たのは日本ですが、<My favorite rugs> という本格的なブログも書いておられるトライバルラグ愛好家のブギーさんのお宅です。
絨毯好きの仲間たちと絨毯観賞会で伺い、この時はじっくり拝見することができました。
所有者のブギーさんはブログの中で、クラウドバンド絨毯をトルクメン絨毯研究家のロシア人エレナさんの本を翻訳されています。
『エレナさんによれば、「古代のもっともトーテミックなモチーフのひとつは大蛇」で、「大蛇のイメージは青銅器時代のトルクメニスタンで好まれた」といいます。深い青のベースは「水」を、間を埋める赤いドットは「繁殖」を象徴しているとのこと。
織ったのがどこの部族あるいはオアシス住民かについて、彼女は言及していません。』と紹介されています。

蛇なのか?龍なのか?雲なのか?

本題に戻りますが、どうして性格きっちりなトルクメンがこんなグニャグニャしたデザインを織っているのか?
このクラウドバンドデザインが表紙になっている「Betweeen tha Black Desert and the Red」というトルクメン絨毯研究書には、数点のクラウドバンドべシールが掲載されています。
その一枚は80cm角のボロボロの端切れ(フラグメント)ですが、見るからに古そうで200年以上は経ているように思います。

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相当に古そうなクラウドバンドべシールのフラグメント

クラウドバンドべシールはあまりにも唐突なデザインなので、初めの頃は新しい絨毯制作のための斬新なデザインの一つとも考えられていたようです。
ただそのフラグメントを見ると、ある程度古くからトルクメン族の間で存在してたデザインということが推測でき、先ほどのエレナさんの言葉がそれを裏付けているようにも思います。

憧れのホラサーンに最初に訪れた時、飛行機から降りてすぐに見た空には、八岐大蛇のような八本の巨大な龍雲が天に向かって登っていました。
映像がないのですが今でもその光景はしっかり目に焼きついています。

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中国の陶磁器に描かれた雲龍文様

そのような雲を形にした雲龍文様は、中国の陶磁器にもよく見られます。
古くは中国江西省の東北部に位置する景徳鎮が有名ですが、「五代」(907-960)には、青磁や白磁の生産が始まっていたと伝えられています。
「北宋」時代(960-1126)の最初期に青磁と白磁が焼かれ、11世紀の中ごろには龍文様の青白磁が完成されていたそうです。
その後「元」の時代にはユーラシア大陸をプラットフォーム化したモンゴル軍によって中央アジアやイランにも「青花龍文壺」が交易品として持ち込まれ、工房や宮廷用の絨毯の文様にも影響を与えているのはよく知られています。

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交易品として東西文化交流に貢献した「青花龍文壺」

ただトルクメンのような遊牧民が雲龍文様を絨毯に表現していたのかどうかは、長い間疑問が残っていました。
初めてホラサーンを訪れた時に見た雲は、まさに龍のようでこの地域に住む人たちも遥か昔からこのような光景を目にしていたのではないかと思えたからです。
もしそうだとしたら、目にしてた印象的な光景を絨毯の文様に取り入れても、決して不思議ではないだろうことも想像できます。
その後何度もホラサーンに通っていますが、最初見たような光景は見られませんが、いつかまた見られる時を願っています。

この記事を書いていたら「turkotek」という絨毯マニアためのコミニティサイトにて、クラウドバンドについての熱い投稿のやり取りを見つけました。
世界各地の絨毯好きも達も同じように、クラウドバンドべシールのデザインの不思議さが気になっていたのだと思います。
投稿にはかなりユニークな内容もあってとても面白いのですが、かなり長くなってしまうので次の機会に紹介したいと思います。

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文様は伝播によって東西に広がったのか?

参考サイト:turkotek.com
My Favorite Rugs and Kilims
The George Washington University Museum The Textile Museum

参考文献:『Between the Black Desert and the Red by Robert』 Pinner and M.L.Eiland.JR.
『Oriental rugs vol.5. TURKOMAN』 Uwe Jourdan
『Caepet Magic』 Jon THompson.

写真引用:shutterstock.com

参照サイト:トライバルラグマニア憧れのトルクメンエンシ vol1.

執筆者:T.Sakaki