遊牧民は手紡ぎの糸で自らの絨毯を織るのか?vol.1

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30年間以上、無意識的に選んできたつもりでしたが、ある時、好みのトライバルラグにはある共通点があることに気がつきました。
その共通点とは、見ていてだんだんと愛着が湧いてくるものと、それほどでもないものとの違いです。
例えばグッとくる色彩とか、カッコいい文様とか、お気に入りの部族とかはもちろんですが、それ以上に織物に使われている毛糸が手で紡がれているのかが、鍵となるのではないかと思うようになってきました。
ラグや袋物に使われている毛糸が手紡ぎか、機械で紡績されたのか、日々毛織物に接していて、「満足感」に違いがあるように思い始めたのです。

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トルコ遊牧民のスピンドルによる糸紡ぎ photo by J.Powell

本物のトライバルラグの糸は手紡ぎ

その後はどんどん糸のヨリ具合に注目するようになって行ったのですが、現地の仲の良い修復師から、今でも原始的な紡ぎ器(スピンドル)で手で糸を紡いでいる遊牧民が居ると聞いたのです。
次第にそれこそが「本物のトライバルラグ」ではないかと思うようになりました。
日本では古くから麻、葛、芭蕉などの植物性繊維を糸にすることを績む(うむ)と言いますが、現地語では「紡ぐ=レシダン」手紡ぎを「レシダニィ」と表現します。
現地の絨毯商などでも、購入する時に「これは手紡ぎの糸か?=イン レシダニィ?」と聞くようになっていました。
ほとんどの絨毯屋も遊牧民のラグは「レシダニィ、レシダニィ。」というのですが、果たして本当なのか?
疑り深いので、実際に自分の目で確かめてみないと、今ひとつ確信できませんでした。

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イラン北部ホラサーンのクルド族の糸紡ぎ

そんな思いからいつか本物の遊牧民を尋ねて、その現場を見てみたいという思いが募っていました。
当時は仕入れにいく時期と、遊牧民が町からそれほど遠くないところにいるタイミングが合わず、また一度遊牧に出かけてしまうとなかなか連絡がつきにくいという状況がありました。
最近では、遊牧民の多くはスマートフォンを持っているので、どこにいるのか見つけるのはそれほど難しくありません。

毎年行っていたホラサーン地方にはクルド族やバルーチ族が近隣で遊牧生活を行っていましたが、なかなかチャンスはありませんでした。
ある年、ホラサーン州の州都マシャドで修復師をしているトルクメン族のサレヒに頼んで、なんとかクルド族の多く住むグーチャンという町へいくことを取り付けました。
遊牧民探しにはどうしても車が必要で、道中は道なき土漠をいくこともあるので、町場のタクシーは皆嫌がるのです。
トルクメンの修復師サレヒのお兄さんから車を借りてもらう事ができ、ていよいよクルド遊牧民が多く暮らすグーチャンという町をベースに、クルド族の遊牧するトルクメニスタン国境の高原を目指すことになりました。

忘れもしない2001年の9月11日にニューヨークで起こった同時多発テロ事件の5日ほど前の事でした。

クルド族の暮らすグーチャン村へ

どこから話を聞きつけたのか、サレヒの友人のモンゴル系(イラニアンハザラ)も同行することになったのです。
朝早くから待ち合わせて、車のエンジンルームの点検を済ませていざ出発となりました。(この点検が後でとんでもないハプニングになるのです。)
まずはグーチャンの町でクルド族の多いバザールや絨毯屋などで、彼らの親戚や知り合いなどの情報を集めました。
こちらとしては早々にもクルド遊牧民に出会いたかったのですが、そこはイラン人のこと、日本からのお客さんをみすみす見逃すわけにはいきません。
店で数点の塩袋などを物色していると、例によって家にはもっと良いコレクションがある、ということですかさず店をしめて自宅へと向かいました。

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ホラサーンのグーチャン村の絨毯屋さんの美しく飾られた自宅

突然自宅へお邪魔すると、そこは豪邸ではないものの、部屋は広くアンティークの金属製品や塩袋などが壁にセンスよく飾られていました。

イラン人の多くは、まるで突然の来客に備えて居るかのように家の中が小綺麗に整っています。そこはいつも見習いたいと思っていますが、東京ではなかなかできません。
例によって季節の果物と紅茶が運ばれてきて、しばしの雑談の後、自宅に隠し持って居るお宝を見せてもらうことになりました。
そこそこ良い物を入手したところで、さあランチはどうか?とこれもお決まりのコースでした。
そろそろ遊牧民のいる場所へ行かないと日が暮れてしまうので、そこは丁寧に断って彼の知り合いが現在遊牧していそうなおおよその場所を聞きつけました。

ついに念願のクルド遊牧民と遭遇

絨毯商の家から小一時間ほど走り、小さな村で何度も何度も村人に遊牧民の居場所を聞きながら、さらに1時間以上車も探索を続けていたでしょうか?
遥かかなた方から乾いた土漠に舞い上がる土煙が見えました。
友人達もやっと見つけたとばかりに、舗装していない凸凹道をすっと飛ばしました。すると土埃の向こうからたくさんの羊の群れが見えてきました。
同時に数人の少年とまだ二十歳前くらいの若者が木の棒を持ってスーッと目の前に現れました。

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土埃の彼方から現れた羊の群れと少年たち

「やっと出会えた!」

間違いなくホラサーンのクルド遊牧民です。すぐに車から駆け降りました。
時期は9月の初めでしたが子供達は、学校が夏休みで遊牧を手伝っているらしく楽しそうに笑いながら、我々の方に近づいてきました。
旅先ではいつでも子供達と最初に仲良くなりますが、その中でも利発そうな中一くらいの男の子が、機転を利かせてただちにに犬を抑えつけてくれました。
遊牧民は狼よけに大型で獰猛な番犬を放飼いにしているのですが、家族以外の知らない人は羊泥棒の可能性があるので、すぐに噛み付くように躾けていることを後から知りました。
実は子供達のすぐ後ろから大型の牧羊犬が、こちらの様子を伺っていたのです。うかつに近づいていたら今頃指の一二本はなかったかもしれません。
その少年に助けられて、ついに念願の遊牧民との遭遇です。(トップの写真)
かれこれ100頭以上はいたでしょうか?色とりどりの羊達と毛足の長い山羊の群れの後ろには、白い三角屋根のテントが見えてきました。
人懐っこい子供達の先導で、彼の両親や親戚家族を紹介してもらえることになったのです。

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羊の群れの背後から颯爽と現れたクルド遊牧民の女性

イラン北東部のホラサーンのクルド族はおよそ600万人くらい居ると言われています。
トルコ〜イラク〜シリア〜イラン西部のクルディスタンには2000万人以上のクルド人がほぼ定住していますが、紀元前から西アジアで暮らす遊牧民の元祖のような人達です。
このトルクメニスタン〜アフガニスタン国境のクルド族達は、豊富な羊毛とこの地域特有のラクダ毛で織られたソフレやジャジムを織りますが、ダイニングソフレと呼ばれる染めていないラクダ毛で織られた細長いソフレは、ホラサーンのクルドのキリムの代表作になっています。
念願のクルド遊牧民出会うことになりましたが、今でも毛織物を織っているのか、そして今回の目的である今でも羊毛やラクダの毛を今でも手で紡いでいるのか。
その真実は確かめられるでしょうか?

少し長くなりそうなのでその結末は次回にしたいと思います。

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黒、茶、グレー、ベージュ、白など様々な毛色の羊たち

引用写真: 「Capet Magic」by Jon Thompson photo Josefin Powell.
参考サイト:tribe-log.com 「遊牧民の元祖クルド族の毛織物」
tribe-log.com 「遊牧民は手紡ぎの糸で自らの絨毯を織るのか?クルド遊牧民vol.2」

執筆者:T.Sakaki