トライバルラグから知る遊牧民文化 その1(西・中央アジアの遊牧民の生活とは)

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Goods(モノ) - 部族の手仕事

トライバルラグのルーツのうち、やはり切っても切り離せないのが「遊牧民」です。
最近ではスターバックスなどでPCを開いて仕事をされている方などをよく見かけますよね。
4、5年前からああいったスタイルの「ノマドワーカー」という言葉なども流行してきていますので、「持たない暮らし」が提唱されたりしている最近では、感覚的な意味でもみなさんの身近になってきている言葉ではないでしょうか。

ただ本質的な意味ではまだ「遊牧民」という人々がどういう人達なのか、国内でもそれほど認知されていなかったりします。東北大震災などを経て「暮らし方」が見つめ直されてきている今、この記事では古くからのトライバルラグにとってのキーでもある「遊牧民」について書いてみたいと思います。

遊牧民から始まる毛織物

西南アジアの遊牧民に詳しい松井健氏は遊牧民を「一年の一定期間簡単な持ち運びのできるテントのような住居に住んで、家畜と共に移動し、家畜を中心とするその牧畜生産物によって、主に生活をたてている人たち。」と定義されています。
遊牧とは英語では一般に「ノマディズム」と訳され、某メーカーの車名としても使われたりするほどロマンの香り溢れる言葉です。

おおまかに言えば自然環境に対してとても柔軟に生きている人々で、例えば寒くなれば暖かい場所に自ら移動し、暑くなれば涼しい所に移動するといった暮らしぶり。。。といえばみなさんの想像図ともマッチするかもしれませんね。
遊牧民が「風のように生きる人々」と言われているのはこの、1箇所にとどまらない生き方からきていると言えます。
ただノマド」の語源はどちらかといえば遊動を意味する言葉のようですので、厳密には上記のような・山羊・ラクダ・牛馬・トナカイなどの動物を家畜化するスタイルを言い表わすとすれば「パストラリズム」のほうが適切かもしれません。
遊動「ノマディズム」と遊牧「パストラリズム」は違うということですね。

太古で言えばマンモスや大型の哺乳類を追って移動しながらの生活や、野生のバッファローの群れを追いながら移動していた人たちこそ遊動民「ノマド」と呼べるとも言えるでしょう。草食動物を家畜化させながら、乳やそれらの加工品や肉を利用して経済活動に結びつける人たちこそが遊動と牧畜を併せ持つ遊牧民と定義されるべきなのかもしれません。

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パキスタンバローチスタンのラクダ

話がそれてしまいました、次は遊牧民の暮らしや経済を考えてみたいと思います。
食料となる羊や山羊をたくさん飼っていても、それらの肉を常食すれば、とたんにバランスが崩れしまいます。
ユーラシア遊牧民研究の先駆者である梅棹忠夫先生は羊などの家畜を、「銀行に預けた元金である」というユニークな例で遊牧民の暮らしを解説されました。

羊を毎日食べ続ければ、いつか残高はゼロになってしまいます。逆に乳製品は利子のようなもので、元金を残したままで生活が続けられます。もちろん実際にそれだけで生活するのはかなり厳しいようで、家畜から取れる毛・毛皮・肉・骨などのあらゆる素材を村や町に定住する人々とバザールなどで交換しながら生計を立てています。

例えば、アフガニスタンのパシュトゥーン族という部族は「カラクル」と呼ばれる羊群を飼っています。この羊は主に毛皮をとるために飼われ、雄の子羊の毛皮を主に帽子用に加工します。
アフガニスタン前大統領のカルザイ氏がいつも被っている帽子でお馴染みですが、子羊だけの持つ柔らかく艶のあるクルクルとカールした羊毛は男たちの勲章として扱われているのです。かなり高価な物ですが、人気が高く換金性が良いようです。主にアフガニスタンでは、このカラクル羊の流通は、パシュトゥーン族によって独占されています。
パシュトゥーン族のように大きな収入源を持たない遊牧民の生活はさらに厳しく、例えば羊毛で織った毛織物などを流通させたり、農場や井戸掘りなどの単純作業による、いわゆるアルバイト的な収入を得ていたりもします。この代表例として、先に紹介した松井氏はイラン~アフガニスタン~パキスタンに生活するバルーチ族を挙げています。

バルーチ遊牧民の子どもたち
バルーチ遊牧民の子どもたち

遊牧民に魅せられて

バルーチ族とは、イラン系の言語を母語とする部族でパキスタンの南西部をはじめとしてイラン、アフガニスタン、トルクメニスタンなどに暮らす遊牧民です。
日本国内での日常の暮らしで、「バルーチ族」なんて部族の名前が出てくることはほとんどありませんよね。
しかし遊牧民のことを調べていくとアジアには非常にたくさんの遊牧民族が暮らしていることが分かります。その中でも気ままで豊かな心根と、本当に高度に編みこまれた、素晴らしい色合いのトライバルラグを織る文化で知られているのがバルーチ族なのです。

かくいう私も個人的にアジアの遊牧民文化を調べるうち、ここ十数年でバルーチ族の毛織物に魅せられ、収集と調査のため何度か現地を訪ねたりもしています。
西南アジア遊牧民の優れた毛織物収集家で、現地でのフィールドワークに一生を捧げた松島きよえさんもバルーチ族の創りだす神秘的な色に魅せられていらしたようです。風のように生きる彼らの生活に溶け込みながら調査と研究を続け、日本で草分け的存在として遊牧民文化を紹介されていましたが、残念なことにこれからという時にインド西部でバスの事故により他界されました。
彼女が神秘的なバルーチの毛織物に魅せられたのは言うまでもないでしょうが、バルーチ族を好んだ理由の1つとして、彼らの客人に対する徹底した歓待をうけられた事があったのかもしれません。

アジアの中でも遊牧民密度の濃い西アジアで、おだやかで気の良い民族としても知られるバルーチ族。彼らがそうした気質や、アートかと思うほど雄大で緻密なテキスタイル文化を持つのはなぜでしょうか?
その秘密は彼らの生活リズムや、財や冨よりも自然に溶け入るおおらかで牧歌的な暮らしをよしとする独特のスタイルにあるのではないかと思います。

和光大学で語学を教える村山和之氏はパキスタンのバルーチスタン州都のクエッタで現地語を習得し、バルーチ人の民俗をこよなく愛し、民俗音楽調査などのフィールドワークを通じて彼らの文化を紹介しています。私も村山先生の先導で外国人のあまり入らないバルーチスタンの奥地を同行させてもらったのですが、バルーチ族の伝統的慣習にそった洗練された好意を十二分に堪能しました。
商業的行為をあまり得意としない彼らの生活の中から生まれた音楽や毛織物の美しさは、私たち都市生活者の硬直した意識を刺激し、常に時間に追われるようなハイスピードなマインドをニュートラルに戻してくれるようでした。キリムや絨毯を織る遊牧民の中では、ここで紹介したパシュトゥーン族やバルーチ族のほかイラン北東部のクルド族や南部のカシュガーイ族、ルル族、アフシャール族等など、季節的な遊牧生活であるにせよ現在でも遊牧を続けています。
過酷な自然環境のなか、生まれたての子羊や家財道具一切をラクダやロバなどの乗り物だけで、なんと300キロにも及ぶ移動を繰り返すのはなぜだろうと、思うことがあります。もちろん家畜の食料となる草を求めての移動に違いはないのですが、移動することによって得られる環境の変化がその理由の一つかもしれません。

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イラン北西部シャーセバン族のテント作り

人はなぜ旅を好むのか?

絨毯にの仕事を始めてから移動することが多く、展示会の季節である秋から冬にかけては1週間ごとに転々と会場を移動します。またオフシーズンには仕入の旅に出かる事が多いのですが、この移動がひとつの楽しみとなっている事に気がつきます。
世界各地へ旅行者が年と共に増加していることでもわかるように、現代人は日常の生活から離れた緊張とリラックスを楽しむことが、大きな楽しみの一つになっているようです。
移動とは、彼らにとっても私たちにとっても人間の根源的な欲望のひとつなのかもしれません。
しかし今日ここで紹介したような純粋な遊牧生活は、消え行く方向にあるようです。
このところの地球温暖化に伴う乾燥化で、遊牧に適した牧草地の減少が驚くほど進んでいます。2001年秋に訪れた時、アフガニスタン~パキスタン国境付近には3年間もまとまった雨が降っていないという状況でした。

環境を汚染する排気ガスや廃棄物をほとんど出さず、家畜の糞さえも燃料にしてきた遊牧民にとっては皮肉なことではありますが、これが現実なのです。
そんな現状を見ていると、今後は近隣の中国やインド、地下エネルギーで潤う近東の国々の民主化や近代化により加速度的に進むと思われる環境破壊は、もう誰にもとめられないことなのか?と考えてしまったりもします。
松井健氏も「いったん進み始めると猛烈な速度で行われる現実の変動に先を越されてしまう前に、今日の遊牧社会とその変容について、具体的で詳しい研究が必要である。」と述べられいてます。

この記事については、まだまだ多くの遊牧民やその暮らしを更に書いていくことにします。今回は「第1回」として置いておいて、機を改めて「第2回」といった形でつづっていきたいと思います。

執筆者:榊 龍昭