熊の毛皮という名のプリミティブな絨毯

Posted by tribe on 2020年4月28日

アフガニスタンの山岳地帯にはジュルヒュールもしくはジョルホルスと呼ばれるプリミティブな魅力に溢れる絨毯があります。
ジュル=毛皮、ヒュール=熊で、直訳すれば熊の毛皮を意味します。
この野性味に溢れる絨毯を最初に見たのは1994年のベルギーのブリュッセルでした。ヨーロッパへはほとんど行ったことがなく唯一知っている欧州はベルギーですが、これも北アフリカへ行くときのトランジットで、今はなきサベナベルギー航空を使っての数日の滞在でした。
偶然にもBrusselsのKredietbankという銀行がジュルヒュールのコレクションを展示していたのです。

この展覧会の図録『DJULCHIRS』は今では貴重な資料となっています。 
シンプルなデザインと毛足の長さが最大の特徴ですが、日本でも大人気のイランのギャベ、モロッコのベニワレンの次にくるブームの絨毯となりえるでしょうか?

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Kredietbank collection 『DJULCHIRS』

シンプルラグの系譜

ギャベと呼ばれるイラン西部のザグロス山脈周辺を起源とするシンプルなデザインのラグが、ここ20年間の日本の手織り絨毯のトレンドでした。
ギャベビジネスを成功させた絨毯商から聞いた話ですが、2013年あたりがピークで日本全国でびっくりするほどの金額のギャベが動いていたそうです。
展示会で地方へ行くことが多いのですが、「絨毯といえばギャベでしょう!」というような声をあちこちで耳にしました。ただ日本の場合やりすぎる傾向が有るのか、どこもかしこもギャベばかりとなり、ついにはイラン意外の国で織られる、粗悪な品質のギャベ風ラグが出回り初め、次第に下火になりつつあるということです。

その次に来たのが、ベニワレンと呼ばれるモロッコのベルベルと呼ばれる遊牧系民族の絨毯ですが、これまたシンプルな白い絨毯です。
これの流行の発端はよく分からないのですが、NYのデザイナーが仕掛けたとも言われています。
日本でもあっという間に広がって雑誌「ブルータスCASA」などにも紹介されると、これまたあちこちのインテリアショップやセレクトショップであっという間に広まりました。
「ギャベ」と「ベニワレン」は、シンプル、毛足が長い、手織り絨毯につきもののボーダーモチーフが無いなどいくつかの共通点が見つけられます。
さて、意外と似たような特徴を持つアフガニスタンのジュルヒュールは日本で受けるでしょうか?

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様々なバリエーションのジュルヒュール

ボーダーモチーフを好まない日本人!?

これまでこのブログでも何度か紹介してきましたが、トライバルラグを含むオリエントの絨毯の特徴の一つはボーダーと呼ばれる「廻り縁文様」です。
少しこじつけに聞こえるかも知れませんが、これは畳の縁のような物で、手織り絨毯には欠かせない普遍的デザインとして受け継がれてきました。
畳の縁がどこから来たのか?おそらくオリエントの絨毯文化と関係が有ると思われますが、ここでは畳ではなく絨毯にはどうしてボーダーが必要だったのか?その理由は単純に楽園を意味する絨毯の中心に、災いが及ばないための結界のような存在だと言われています。
かつてはイスラム教の尊い教えが呪文のように織り込まれたり、尖った鋸歯のようなモチーフが外側に向いていたり、いずれも家族や仲間が集まるオンザカーペット(絨毯の上)には悪い影響が及ばないようにという魔除的な意味が込められていたと思います。
これはインドの布などに縫い込まれるミラー刺繍や更紗の端部分に描かれる先の尖った鋸歯文様も同様に、魔除けを意味します。
極東の島国である日本は、長い間外敵の侵略も少なく、豊かな自然環境の中で比較的のんびりと暮らして来られたことに関係がありそうです。

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ウズベクのアドラス(絣布の影響が見られるデザイン)

このところは世界各地から様々な人、モノ、今回のようなウィルスまで入り込んで来るような時代ですが、これはつい最近のことで、大陸と比べると多くの庶民は、海外からの影響をあまり受けずに暮らしてきたと考えられます。
日本人がそこまで魔除的な文様にこだわらないのは、外敵や感染症が入り込むという機会が少なかったからかと思っています。今は外から来るウィルスから護られたい気もします。
もう一つはボーダーが有ることで、典型的な絨毯らしいデザインになりすぎてしまうということも要因の一つかも知れません。「いかにも!」という凝り固まった秩序をあるで意味好まない、日本的な感性も関係しているかもしれません。

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魔除的モチーフの大胆な幾何学文様

次のブームになるかジュルヒュール?

まずはジュルヒュールの特徴とその理由を、かなり独断ですが紹介してみます。
(ジュルヒュールに関する資料が少ないため多くは推測ですが、すみません。)

1.10~30cm程度の細幅の織り機で織られたラグを何枚か繋いでいる。    
*考えられる理由(険しい山岳地帯を移動するため、織り機の幅が極端に狭い)

2.毛足が長く10cmほどのロングパイルのものも有る。          
*(ザグロス山脈のギャベ同様敷布団として使用するため)

3.文様がないシンプルと大胆な幾何学文様のタイプがある。      
*(完全な敷き布団としての実用品と婚礼用に織られるモノの違い?)

4.無地は赤とインディゴブルーのシンプルな2色使い。           
*(赤の魔除的な意味とメリハリのあるインディゴブルーの組み合わせ)

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赤とインデイゴブルーのツートンタイプ
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裏面の中央部分はつなぎ目

5.文様タイプは菱形の連続文様もしくはウズベク族のアドラス(絣布)の文様の影響を受けている?。 
*(近隣のサマルカンドやヌラタの洗練された文化の影響も受ける?)

6.裏面に結び目が見えないタテ糸が表に来る織構造。              
*(野外の原始的な水平の織り機なため、タテ糸を表に出す昔ながらの織構造。テントベルトや紐類と同じ織構造)

7.赤とインディゴの2色のタイプの特に藍染は後染めの技法が見られる。
*(藍染は特殊技術なので自らが染めるのは難しいため、織りあがったパイルのものを町の染め氏に依頼する?)

8.糸のヨリがゆるく縮れたままの長い毛足が見られる。
*(理由は不明ですが、この縮れた具合からジュルヒュール=熊の毛皮と呼ばれるようになった可能性があるかも知れません?)

旧ソ連の有名な絨毯研究家V.Moshkua女史の研究によれば、ジュルヒュールは紀元前1000年前から織られていた可能性があり、実在する最古のパジリク絨毯(紀元前2400年頃)より古い期限を持つかもしれないそうです。
またこのジュルヒュールという言葉がトルコ語では無いため、かなり古くからこの地域に居た先住民であるアラブ系遊牧民の織った可能性があることも指摘しています。
はたしてギャベ〜ベニワレンの次にジュルヒュールはブームになるのでしょうか? 
結論としてワイルドすぎて無理かも知れないと思っています。

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裏面にパイル糸の結び目が見えないタテ糸表の構造

参考資料:PRIMITIVE RUG https://primitiverug.com/