Colours of the Indus 〜インダス流域に咲く花たち〜

Posted by tribe on 2014年10月24日

みなさんもTVの国際ニュースなど見ていると時々パキスタン情勢を目にしますよね。
そういった情報を目にしていると、「パキスタンという国はなんでいつもテロや抗争を繰り返している地域なんだろう?」とイメージが固まってしまうのではないでしょうか。
実際これほど紛争が続いている地域も珍しく、このところは自爆テロやアフガニスタン国境地域での紛争などなど、聴こえてくるニュースはきな臭いものばかりです。

そこには様々な政治的な理由、宗教的な理由に加えてパキスタン以外の各国の主張と私欲など事情があるのですが、、それらについてはちょっと長くなるので今回は割愛したいと思います。

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古い布を再利用して作られるアップリケのカバー

しかし、かつてはインダス文明を生んだ4大文明発祥の地の一つとして、きらびやかでかつ素朴な織物や豪華な工芸品を生んだ民族が暮らす地域でもあったのです。インダス川沿いなどは様々な民族染織の花が開いたエリアで、世界的にもたいへんに有名です。パキスタンの各地域(文明)専門の研究家や愛好家もたくさん存在しています。
あれだけテロや紛争が行われている地域で、実は世界中のコレクターや研究家、他にもアパレルやデザイン業界の人々を惹き付ける民族染織が生まれていたなんて普通は信じられませんよね。
今回は少しパキスタン地域の持つ「花」について書いてみたいと思います。

知られざるパキスタンの美

今回紹介するのは、すでに17年も前になりますが1997年9月〜1998年3月まで、イギリスのビクトリア&アルバート美術館でパキスタンを4つの地域に分け、各地の染織品を地域ごとに分類した展覧会とその内容についてです。
パキスタンはインドから分離独立して建国60年の新しい国ですが、その歴史ははるか昔にさかのぼり、モヘンジョダロやハラッパー遺跡で知られる「インダス文明」を生んだ土地というほうがわかりやすいかもしれません。ここでは染織品だけの歴史を振り返りますが、紀元前5000年には木綿(コットン)布が織られていたことがわかっています。世界でも最も古い染織品の一つといえるでしょう。今が紀元後約2000年ですから、少なくとも7000年以上前の発祥ということになります。もはやアンティークの域を超えた文明デザインとも言えますね。

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インダス中流シンド地方の部族

気候風土の異なる4つの地域

この展示会はヒマラヤに源を発するインダス川沿いに栄えた四つの異なった気候風土(シンド・バルチスタン・パンジャブ・北西辺境州)に暮らす、異なった民族の中に生まれた染織文化を、各地域のよりすぐりのテキスタイルを集めて紹介しています。インド国境付近での木綿栽培は現在も行われていますが、良質の木綿を使った木版プリント(アジュラク更紗)・複雑で手の込んだシンド地方の織物・農村を背景にしたパンジャブ地方の豪華な刺繍布(フルカリ)・砂漠環境で遊牧生活を営むバローチ族の毛織物(キリム)・パミール山脈の高地の入り組んだ谷合いに暮らす北西辺境集の少数民族の民族衣装(刺し子)など、どれもが素晴らしい手仕事です。

豊かなインダス川沿いの華やかな世界

この展示会の魅力は知られざるパキスタン染織を地域分類し、その多様な世界を同時に展示したことです。インダスという神々しい大河の上流から下流までの民族・文化を、川の流れにそって見せてくれたことにもあると思います。
アジアの芸術的頂点を極めたとの呼び声高いムガル王朝の中心地であった、ラホール、ラワルピンディ、ムルタンなどの古都を抱えるパンジャーブ地方は、豪華絢爛ながらも、愛らしさと気品を併せ持つ染織品の宝庫です。さらに下流のシンド地方は古代インダス文明の中心地であり、数千年の伝統と周辺地域の遊牧民や先住部族のヴァナキュラー(土着的)な躍動感を合わせ持つマニア好みな染織品が生まれ今日まで続いてきました。

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インド国境付近で染められるアジュラク更紗を纏う男性

厳しい砂漠と山岳地帯の民族染織

名峰そびえるカラコルムに源を発するインダス上流は、深い谷と険しい丘陵高地山岳地帯です。中央アジアに注ぐオクサス(アムダリア)川とインダス川の間は桃源郷と例えられる秘境ですが、その谷間に暮らす様々な民族の伝統は奥深く魅力的です。紀元前に遡るアレクサンダー大王遠征域の最東部に位置ししていたという説もあり、金髪碧眼のギリシア人の風貌を持つ人達がひっそりと谷の奥に暮らしているような地域です。

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西部バローチスタン州のブーラフィー族の楽師

もう一つは砂漠地帯とオマーン湾沿岸の「バローチスタン」と呼ばれる地域です。
ここにはバローチ(バルーチ)系とブーラフィー系の遊牧民がインダス文明以前から生活していたのではないかと推測されています。落ち着いたシックな色彩の敷物と明るく鮮やかな民族衣装は対極の色彩センスを持つ不思議な部族の住む地域として知られています。

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バローチ族のサドルバック

自由が丘にある岩立フォークテキスタイルミュージアムにて「パキスタンの染織」という展示が行われました。オーナーの岩立広子(いわたてひろこ)さんご本人の集めたコレクションが展示されており、個人コレクションなので、センスがまとまっていて見やすく感じました。
そういった形で、現在もパキスタン各地の部族や文明の魅力を広めている方や、うまく自分の生活やインテリア / ファッションに取り入れていらっしゃる方も多く出てきているようです。
人によってそれを良いと感じるか悪いと感じるかはそれぞれ違うと思いますが、もしテキスタイルやアクセサリーなど含め、これらの地域が持つ、気候とはうって変わった瑞々しさに惹かれる方がいらっしゃれば、このブログを通じてインダス流域の花々を愛でる術や情報などを見つけていっていただければ幸いです。

*イラン側ではバルーチと呼ばれる遊牧系部族はパキスタンではバローチと呼ばれる事が多いようです。