「彼女のキリム」角田光代著 Kilimをつたえる言葉

Posted by tribe on 2015年3月25日

昨年秋に日本橋の三越本店で展示をさせて頂く機会がありました。たいへんいありがたい事にその展示会にあわせて「三越MCARD通信」という三越カードを所持する会員のための会報にトライバルラグの紹介をしてもらうことができました。日本橋三越本店5階は、かつてペルシア絨毯の売り上げが世界一というギネス並みの記録をもっているという伝説の「お買い場」です。お買い場とは聞きなれない言葉ですが、老舗百貨店三越の独自の用語で、他の百貨店とは少し違った伝統を感じます。おそらく江戸時代から続くの呉服商を受け継ぐ言葉なのでしょう?

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三越MCARD通信に掲載された塩袋やサドルバック

会報にはプロのカメラマン撮影のキリムやラグが鮮やかに紹介されました。ページを開くと最初に掲載されていたのは、好きな小説家のひとりの角田光代さんによる連続短編小説でなんと「彼女のキリム」というタイトルでした。

彼女のキリム ~引越しはキリムと一緒に~

短編小説の内容は、大学時代フランス語のクラスが一緒だった6人が久しぶりに集まる和やかなミニ同窓会が舞台です。
その中の一人の千晶という女性の部屋にはキリムが敷かれていて、彼女の家に皆が集まるところから話が始まります。ネイルサロン、下着の通信販売、モロッコの雑貨輸入販売、女性向け企業のコンサルタントなどの仕事を経験しながら、それなりに成功を収める千晶は、仕事を変えるたびに広くて立派な部屋に移ります。そして同級生が皆でプレゼントしたモロッコ製の「キリム」はいつも引越し先の居間に敷かれている様子が描かれています。

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キリムのあるリビングルーム

LIfe is Kilims ~キリムのような人生~

「あの絨毯まだ持っているんだね?」プレゼントした友人がたずねると「そうよ。ああいうのはね、使い込めば込むほどいい味が出るの」と千晶が答えます。友人があらためてキリムをじっくり見つめると、「うつくしさのなかに貫禄がでてきた。」と言葉は続きます。キリムの魅力を伝えるためにこれまでにたくさんの言葉を捜してきましたが、とても素直でキリムの本質を見事に言い当てるうつくしい表現だと感じました。さすがにプロの言葉です。

このやり取りはこの短編小説全体に流れるの心地よさと共通する感じがします。遊牧民の女性達がキリムにこめる「魔よけ」的な意味や結婚への憧れなどの文様の意味をさりげなく取り入れながら、キリム文様が魔よけとして、その場に集まったクラスメイト達の人生を見守り、これからも守られていく気がすると綴られれています。

年を重ねることで、様々な経験から生まれてくる「深みと静かな貫禄」をキリムの本質と重ね合わせているのでしょうか・・・。

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アトラス山脈山岳遊牧民ベルベル族のキリム

この小説を読んでいて作家である角田光代さんもキリムが好きに違いないと感じました。お気に入りのキリムが仕事場かリビング敷いてあるのではないかと想像しました。それは『キリムの魅力』がこれまでに読んだどんな解説書や研究書よりも心の中にすうっ~と伝わってくる気がしたからです。

さっそく、前に買った彼女の短編小説を見つけ出して、読みはじようかと思っています。

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魔除けのモチーフが織り込まれたキリム

三越では残念ながら古いキリムや絨毯はあまり評価されませんでしたが、きっとどこかで良い出会いがあることでしょう。小説の主人公達と同じようにキリムを見ていると「何があっても大丈夫!」そんな気がしてきます。