祈りと道具 〜祈祷用絨毯と塩袋〜 Saltbag (塩袋)その2.

Posted by tribe on 2022年3月14日

展示会もう一つの展示品である、塩袋(ナマクダン)まつわるお話です。

古代イランに伝わる塩の話

西アジアでは古くから塩とナン(パン)は生きていくために欠かせないモノとして尊ばれてきました。
全回のブログで紹介した、Parviz tanavoli氏の著書『Salt Bags』の冒頭にこのような文章が綴られていました。
『神の恵みの中で、パンと塩ほどイラン人に尊敬され、文化に深く根ざしているものはないであろう。なぜなら塩とパンは神から人への重要な贈り物のみならず、ある種の信念や確信がそれを支えているからです。』

Parviz tanavoli氏の著書『Salt Bags』

イスラムの教えにもパンと塩の大切さを説く話があるようですが、さらに古い物語や伝承を見ると、かなり古い時代から「塩とナン」が尊ばれていたようです。例えばゾロアスター教の影響が強く残るイランで、とても重要な新年を祝う行事があります。
日本では春分の日に当たるお正月(ノウルーズ)に用意される新年を祝うソフレ(食卓布)の上にも塩が置かれます。

他にも昔々の物語の中に塩にまつわる話が紹介されています。
古代イランのササン朝時代の優れたハンティングの腕前を持つ王様が、ある日お供と共に野生馬の狩に出かけました。
捉えた野生馬を召使いの料理人が白い岩のカケラを少し加えて調理して差し出したところ、その肉ががいつもの肉よりも格別に美味だったので、王様はその理由がとても気になりました。
その際に王様はその白い岩のカケラを少し加えることで、肉の味が良くなる事を発見します。
その後その白い岩のカケラを町に持ち帰り、それから一般の人々も料理に「塩」を使うようになったと言われています。

イランの新年を祝うノウルーズのお供え

遊牧民にとっての塩とは?

遊牧民にとってもナンに塩を付けて差し出すことは、忠誠を表す行為でもあるようです。
この習慣は遊牧系の部族間の関係において現在でも続いているようで、ある部族が他の部族と合流を呼びかけるとき、あるいは敵対関係を終わらせようとする時にナンと塩を大きなトレイを添えて相対する部族の長に代表を使わせるようです。
これは現代でも続いているようで、イラン西部の遊牧民の村を訪れた際にその光景を目にしました。
遊牧民の民話にもこんな言い伝えがありました。

『塩は聖なる手と関係があるほか、友情の契りや忠誠の誓いの象徴でもある。そのため、小麦粉の中に手を押し込んで、指の跡をはっきりさせるのです。』

この話もナン(小麦)と塩がいかに大切かを教えてくれます。
日本でも有名戦国武将の上杉謙信が敵対する武田信玄に「塩」贈った話は有名です。

カシュガイ遊牧民が塩を使っている画像

各部族の塩袋の特徴。(トルクメン以外の部族に織られる)

クルド族
クルド族は現在では西側のイラク〜トルコ〜イラン〜シリアにまたがるクルディスターン地方と、イラン東北地方のホラサーン地方に大きく別れて暮らしています。イラク側は山岳地帯で、しっかりした縫い取り織のクルド族らしい幾何学モチーフの塩袋がたくさん織られています。

ルル/バフティヤリー族
イラン西部のザグロス山脈を越えて移動するペルシャ語系の言葉を話すルル/バフティヤリー族も頑丈な塩袋を織ることで知られています。大型のサドルバックと同様に底の部分が破れないようにパイル構造になっているのも特徴のひとつです。

シャーセバン族
シャーセバン族はイラン北西部のアゼルバイジャン州〜カスピ海の西沿岸地域の山岳地帯をトルコ語を話す遊牧民です。シャーセバン特有のスマック織、縫い取り織、綴織、ごく稀にパイルなど様々な技法の塩袋が織られています。

左シャーセバン族の塩袋、右ホラサーンカラートのクルド

カシュガイ族
イラン南部のファルス地方を移動するトルコ語を話すカシュガイ族は、ティーレと呼ばれるサブトライブ(支族)ごとに全く違う技法の塩袋が織られています。タテ糸が表に出るタテ糸紋織や錦織など様々な技法の塩袋を織っています。

アフシャール族
イラン南部のケルマン州からシルジャン地方を中心にイラン各地の飛び地を遊牧するトルコ語系のアフシャール族は、紋織技法による多様なモチーフの塩袋を織る部族として知られています。バルーチ族と共に質量ともに大変に充実していた塩袋を織る部族です。

バルーチ族
イラン東北地方のホラサーン州〜イラン東南部シスターン地方〜アフガニスタン西部の幅広い地域を遊牧するバルーチ族はシックな色彩ながら、綴織、紋織、縫い取り織、パイルなど多様な技術を用いた塩袋を織ることで知られています。婚礼の際の嫁入り道具でもあるためたくさんの塩袋が織られています。

タタール族
アフガニスタン北部の山岳地帯を遊牧するモンゴル系のタタール族は、主にダブルインターロック技法の頑丈な綴れ織(キリム)の塩袋を織ることで知られています。

ブーラフイー族
アフガニスタン西南部〜パキスタン西部のバローチスタン州を遊牧するブーラフイー族は、頑強な紋織による両面共に同じデザインの塩袋が織られています。幾重にも連なる大型の房飾りも特徴的です。

左アフガ二スタンのバルーチ族、右ホラサーンのバルーチ族の塩袋

今回の展示でも、クルド、アフシャール、バルーチ、ブーラフイーなどの塩袋50点をバルーチプレイヤーラグと合わせて多数展示販売いたします。

参考文献:「SALT BAGS」by Paiviz Tanavoli
「BALOUCH PRAYERRUGS」by Micheal Craycraft&Anne Hall
「Baluchi Woven Treasures」by Jeff W. Boucher

参考サイト:参考サイト:tribe-log.com 祈りと道具 
tribe-log.com 祈りと道具 〜祈祷用絨毯と塩袋〜 プレイヤーラグその1.

参考サイト:tribe-log.com 祈りと道具 
tribe-log.com さすらう遊牧民バローチ Vol1. 〜The Wandering Baluch〜
tribe-log.com さすらう遊牧民バローチ Vol2. 〜The Wandering Baluch〜
tribe-log.com 遊牧民でないと使わない不思議な毛織物ナマクダンて何?
tribe-log.com じゅうたんの教科書 第二章絨毯の基礎知識 〜道具としての毛織物3〜 「いれる」

写真引用:Pars Today イランの春の新年・ノウルーズの調べ https://parstoday.com/ja/news/iran-i52365