ペルシアの伝統技術 Traditional Crafts of Persia

Posted by tribe on 2014年10月24日

このコーナーでは手仕事に関する様々な書籍を紹介してゆきたいと考えています。
今回の「ペルシアの伝統技術」は手仕事の源流のような書籍です。私たちの身の回りにある様々な道具達について、中でも電動でなはいシンプルで長持ちする手仕事がどこで生まれ、どのように現代に伝わっているのかを考えることはあまりないかもしれません。この本にはその始まりと発達の流れが凝縮して納められています。日々の暮らしの道具のディテールを知るきっかけとなるかもしれません。

ペルシアの伝統技術〜風土・歴史・職人 平凡社 著=ハンス・E・ヴルフ

監修=大東文化大学現代アジア研究所 訳=原隆一+禿仁志+山内和也+深見和子

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ペルシアの伝統技術翻訳本

イランの伝統工芸に関する専門書

1.金属工芸技術
2.木工技術
3.建築技術と製陶技術
4.織物技術と皮革技術
5.農業と食料加工技術

上の5章からなる詳細な技術分析と用語集もついた工芸品の百科辞典のような本格的な学術書です。
1937年、故レザー・シャー・パフラヴィー時代にシラーズにあった高等技術専門学校の校長であったウルヴ氏が長時間をかけ忍耐強く現地の職人達から情報を収集し、まとめ上げた膨大な記録です。

金属・木工・建築・タイル工芸等どれもが素晴らしく、絨毯を含む織物技術の紹介と併せて読むことでイラン全体の工芸技術の卓越した水準を知ることが出来ます。共にわが国にある様々な工芸品のルーツとして正倉院にある御物が、現代もそのままの形で残っているイランという国の伝統を保持する意思の強よさを知る事になります。白黒なのが少し残念ですが、現在では貴重な写真も多く、当時の技術や様々な生活の道具などを見る事が出来るのも魅力です。

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イランの金属工芸

鍵と錠前のルーツとしてのイラン工芸

私たちが日常的に使っているはさみや鍵などの道具がどこで最初に作られたのかなどと考える事はあまりないかもしれません。ちなみに皆さんは一体何本くらいの鍵をお持ちですか?私自身も、家、会社、車、倉庫、ロッカー常に5本以上の鍵を携帯しています。鍵は現代社会には欠かせない道具で毎日必ずお世話になる道具の一つといえるでしょう。
イランを訪れると、古代以来の技術で作られたいる道具が輸入された最新の製品と並存していのに強い印象を受けます。
鍵はそのものだけでは役に立ちません。錠前があって初めて成り立ちますが、古代エジプトやメソポタミアの宝物庫、神殿には施錠されていた事がわかっています。聖書にも錠前と鍵についての記述があるようですが、古代ローマでも自分たちが用いるための地中海式錠前を、すべての植民地に広めたようです。
イランでは古くから金属工芸(鍛冶屋)が発達していたため、精巧で多様な技術を駆使した錠前職人が存在していたようです。ここでは全部を紹介しきれませんが、現代でも驚くような複雑な構造をした錠前が8つのタイプに分類されています。
またただ単に機能的なだけでなく動物型鍵など美的センスもあってコレクションしてしまいたくなる程楽しい鍵もあります。
これほど多様な鍵のなかから機能に優れたものが東西へ伝りながらシンプルな南京錠などに変化して行ったのかもしれません。

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鉄で作られた動物の形をしたイランの鍵

絨毯と織り機に関して

織物技術全般に関しても大変に詳しく、イラン独特の『空引き機』などの解説は特に充実しています。多くの織物技術が、イランないしその周辺地域で生まれ、イランで完成され1500年以上も継続し、多くの地域に影響を及ぼしたと言う事実は疑いのないところでしょう。素材の種類、素材の違いによる糸紡ぎの方法、織物全般に関連する道具の種類、染料(天然染料)の種類、様々な形態での織り技術と方法など・・・。どの分野も非常に詳しく分析されています。

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日本でも馴染みの深いペルシア更紗

それに比べ、本場のペルシア絨毯に関する部分については、これまでにあるほかの資料の域を超えたものは少ないように感じました。興味深い内容として、『初期イスラーム時代に、歴史家マスウーディーはムンタスィルの宮殿(861年)にペルシア語銘のある敷物があったと言及しています。[Pope ,1938,] また、毎年、タバリスターン地方からカリフへの貢物が600枚の絨毯であったことから、カスピ海沿岸のタバリスターン地方が絨毯作りの中心地であったに違いないと述べられています。[Pope Ibid.,] 』実際の絨毯ではないにしろこの時期に絨毯が献上品として織られていたという事実は、シベリアで発掘されたパジリク絨毯から、コンヤのモスクに存在するセルジュク朝時代の絨毯群までの空白の1500年を知る手がかりとなるかもしれません。中でも、織り機・技法・染料などは過去から現在への変化は少ないのですが、デザイン(ナクシェ)の変遷が絨毯の発達と関連が深い事が述べられています。

先ほどの鍵と同様にイランには様々なタイプの多織り機が存在しています。遊牧民の使う原始的な杭機から空引き機と呼ばれる2階建ての天井から操作するような大掛かりなものまで、たくさんのタイプの織り機が確認されているのです。そのなかで機能的で使いやすく、さらに効率の良い織り機が東西に伝わったようです。
源流を知る事で見えてくる手仕事の面白さを伝えてくれる一冊です。