渋谷のパルコパート1の「ロゴスギャラリー」という渋谷では老舗のギャラリーで展示会を何度か行ったことがあるのですが、会場が大きな洋書を扱う専門書店の目の前だったので、暇になると気になる本を物色していました。
みなさんも東京在住の方なら訪れたことのある、パルコブックセンターや洋書専門店「LOGOS」などが非常に近くにあったので、手が空いたタイミングで見ていたんですね。本屋というのはいくつになっても見て時間を過ごすには楽しいものです。
そんなある日「手仕事の世界」を語る上で欠かせない存在である柳宗悦氏の新刊本が目に止まりました。
私がかねてから自分の活動の中心に据えているトライバルラグの普及ーーそのコア(核)ともなる要素はやはり何と言っても「手仕事の世界」にあり、手仕事と民芸運動は本質的に切っても切れないものとも言えるからです。
トライバルラグは「部族の絨毯」、つまり「部族の手仕事」と位置づけられますが、「部族の手仕事」も町の無名職人による「民芸品」も、同じ「手仕事」と分類することができます。
そういった意味で、私もトライバルラグ普及の上で常々「民芸運動」にはアンテナを張り続けてきていたという訳です。
前置きが長くなりましたが、今回はそんな中にあって書籍から見つけた、柳宗悦とトライバルラグを代表する「遊牧民」の繋がりについて書きたいと思います。
柳氏愛用のサドルバック
面白い発見の元となった一冊目の書籍は別冊太陽の「柳宗悦の世界」という本です。これは民芸研究家の尾久彰三(おぎゅうしょうぞう)氏の監修によるものです。Amazonのリンクを貼ろうと思って検索をしてみましたが、今ではネット上だと入手困難な書籍となっているようです。ぱらぱらとページをめくっていると、なんと柳氏の駒場の書斎にサドルバッグが!これは目からウロコでした。この時代に日本に遊牧民のサドルバッグ(鞍掛け袋)が存在していること自体も不思議ですが、それを書斎のカウチのクッションとして使っているところは、流石と言うべきでしょう。
モノクロ写真なのでモチーフだけで判断するのは難しいのですが、おそらくイランのザクロス山脈を移動するルル族のものではないかと想像しています。
お気に入りの椅子でくつろぐ柳氏とサドルバッグとのツーショットのように見えてきますが、自宅のソファに置くほどのものですから、それなりに重用していたのかもしれませんね。
柳宗悦と遊牧民研究者の出会い
もう一冊、柳宗悦と遊牧民の繋がりを示す書籍があります。
アフガニスタンのパシュトゥーン族やバルーチ族の遊牧世界に詳しい松井健(まついたけし)氏によるもので、松井健氏は「遊牧という文化」の著者であり、日本でたいへんに貴重な西・西南アジア遊牧民研究の第一人者です。
同氏はアフガニスタン〜パキスタンのパシュトゥーン族やバルーチ族の研究を重ねて来た民族学者でもあり、私などは松井氏は西アジアの遊牧民研究者だと思っていたので、民芸運動の柳宗悦氏との関係がどうにも結びつかず、最初は同姓同名の著者かと思っていました。
ここで紹介する「柳宗悦と民芸の現在」というタイトルの本は、民芸運動の創始者柳宗悦を現代に蘇らせるという、魅力的な内容で構成されています。
肝心の内容ですが、このところ私としては「部族の手仕事遺産」いうテーマでさまざまな部族の手仕事を見つめて来ましたが、遊牧民文化に詳しい松井氏がどのように、民芸(モノ)と思想(精神)を解き明かすのか?という思いでワクワクしながページをめくったところ、冒頭から「生活空間のしつらえが深く信仰や政治的な感受性の問題に繋がる」と言う、ぼんやりと考えていたイメージがそのまま文章となって表現されていました。
「生活の中(まさに身近にある)から生まれた、心のこもった手仕事に宿る精神性は、もの言わぬ『モノ』であり、さながら使う人の生き方すら変えてしまうのではないのか・・・。」といような漠然とした思いを持ち続けてきたからです。
私たちはグローバリゼーションという、地球上を猛烈な勢いで拡大発展していく均一化のまっただ中にいるように思えます。柳宗悦が深い思索と発見のなかから提案した、日常生活における手仕事の美しさの再発見と日々の暮らしに美意識を持つ事の大切さは、現代にも大きな意味を持つのではないかと思われます。作者の松井健氏も繰り返し述べているように、柳宗悦がすぐれた美的直感と宗教哲学的探求をたゆまぬ努力によって統一した思想を「今」という時代の中に生かしてゆく事が求められているのかもしれせん。
このところは民芸の再発見という流れが生まれつつあり『Mingei』という手しごとを新しい視点でとらえている人達も増えています。洪水のように増え続ける情報の中でリアルな社会との繋がりや、根の生えたモノへの希求からなのか、あたらしい民芸は静かにひろがりつつあるように感じます。
変わりゆく世界の中で今でも遊牧という生活を通して百年前いや千年前とほぼ同じ生活道具を保持し、同じ技法で作り続けている遊牧民の生活の道具としての「モノ」から学べる事は多いのではないかと思っています。このブログを通じてモノと生活=暮らし方を考えてゆけたら何よりです。