「トルコ絨毯が織りなす社会生活 」田村うらら著 ~絨毯研究の方法とは?1.~

Posted by tribe on 2015年4月12日

ずうっと紹介しようと思いながら、しばらく時間がたってしまいましたが、日本における絨毯研究にとって素晴らしい内容の本が出版されています。タイトルは「トルコ絨毯が織りなす社会生活」です。このブログでも世界の絨毯(手仕事)と日本における手仕事の本格的な研究が差が大きく、この分野では日本はかなり遅れている事ばかりを紹介してきましたが、この本はそんなグチを吹き飛ばすほどインパクトがあり、また読むうちに時間をわすれてしまうほど読み物としても純粋に面白く読める内容です。

サブタイトルには「グローバルに流通するモノをめぐる民族誌」とあります。著者の田村うららさんは自らを経済人類学者と紹介していますが、社会学、地域研究、国際政治など多岐にわたるカテゴリーをタテ・ヨコ縦横無尽に横断しながら、トルコでのフィールドワークを基礎とする地に足の着いた骨太の文献を完成させたと言えるでしょう。同時に絨毯好きもしくは絨毯を商いにする者にとって、貴重な現地マーケットの最新裏情報を知る手がかりにもなります。一度では紹介しきれないほどの情報量と質の高い内容ですが、このブログでもじっくりと紹介してゆけたらと思っています。

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田村うらら著「トルコ絨毯が織りなす社会生活」

絨毯研究の方法とは?

少し前にイギリス人絨毯研究家Jon Thompson氏の提唱する織り手の立場から分類した絨毯研究の方法を紹介しました。彼の代表作「Oriental Carpets From the Tents, Cottages, and Workshops of Asia 」ではそれまでに行われていた、地域、文様、時代などによる分類から1.部族のテント.2村の家内工房3.都市の絨毯工房4.宮廷用特別絨毯という絨毯を織る側の立場や環境に着目し、織り手の目線で絨毯文化をカテゴライズするという方法でした。

先日「コプト・イスラム物資研究会」という研究会の講演で美術史が専門の鎌田由美子さんによる講演会がありました。内容は「マムルーク絨毯」についてでしたが、専門はオスマン・サファビ・ムガル時代などのの宮廷美術工芸品研究だそうです。彼女の「絨毯研究の方法と今後の可能性」という論文では宮廷工房と都市工房の絨毯研究の方法がわかりやすく分類されています。

具体的な絨毯研究の方法として

1.絵画資料を編年に用いる方法(主に15~17世紀の西洋絵画を資料とする方法)
2.絨毯の組織(織の構造)や材質、染料分析を手掛かりに産地を特定する方法
3.財産目録や貿易資料などから産地や流通経路を特定する方法(フェレンツェの財産目録や日本の江戸時代の大福帳なども貴重な資料)
4.現地の美術伝統や工芸品と比較する方法などがある(世界各地の美術館に保管されているものなどとの比較研究)

現在絨毯研究の場は欧米諸国が中心で、原産地のイラン・トルコ・インドでは学術的調査や研究は出遅れており、美術的価値の高い実物もほぼ欧米が所有しているといえるでしょう。
日本には偶然なことに祇園祭りの山鉾に掛けられる貴重なムガル時代の絨毯やMIHO美術館が所有する「Sangusukoカーペット」など世界的に評価の高い絨毯が所有されています。
ただし、これらの絨毯はあくまでもイスラム王朝時代の宮廷美術に代表される絨毯で、このブログで紹介し続けている生活の道具として織られた部族絨毯(トライバルラグ)の研究やコレクションはまだまだ少ないといえるでしょう。その理由として研究の対象となる西アジアの遊牧民がほとんど文献資料を残していないこと、調査の対象となる織り手がほとんど女性のため異教徒や外人の男性にはオープンでない事などもあげられると思います。女性である田村さん鎌田さんはそういう意味でも今後に大きな期待がもてる研究者の登場といえるでしょう。

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アダミラスのアンティーク祈祷用絨毯

日本で本格的な絨毯研究は可能か?

田村さんはトルコのどこにでもありそうな村を舞台に、古くから伝わる工芸品としての手織り絨毯が「モノ」としてどのような存在であったのか?またどのような存在としてあり続けてゆくのか?を浮き彫りにしていきます。

はるか昔からシルクロードの東西に流通してきた絨毯という商品が、同時に地域社会の婚礼という儀礼はに欠かせない嫁入り道具として現在まで残っている事を丹念に紹介し、モノとしてのフレキシブルな価値と社会性をも合わせ持つ絨毯の魅力を「流通」という物差しで切り取り、私たちの目の前に広げられます。

最終章の市場経済と交渉するモノづくりの生活世界では、ともに生活し、ともに絨毯を織った者でなけらばわかりえないであろう、「モノ」としての絨毯の存在価値と「村」という共同社会(ローカル)の視線から見えてくる現代のグローバル社会の未来に向けたメッセージがしるされているといえるでしょう。

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近年に織られたミラス地方の典型的な絨毯

絨毯こそが村の女たちの社会関係を成立させていることを明らかにできたのは特筆に値するだろう。すなわち、「表彰としてのモノ」に留まらず「モノが人を動かす」「モノが社会関係をつくる」という側面について論証することができたと自負してる。

とても一回では紹介しきれない量と質ですが、絨毯研究の貴重なテキストとして時間をかけて読み込みながら、部族のテントで織られる毛織物(トライバルラグ)研究の比較対象としての手がかりとしても紹介してゆきたいです。