さすらう遊牧民バローチ Vol2. 〜The Wandering Baluch〜
Posted by tribe on 2017年11月21日
前回の「さすらう遊牧民バローチvol.1」に続いてバローチ族の毛織物についてです。
一見でわかるバローチラグの特徴とは?
【高度な織りの技術】
綴織、紋織り、縫い取り織り、絨毯(結び)など様々な技法を駆使し、幾何学文様の織り出すのがバルーチ族です。一般的に遊牧民は原始的な織り機での作業となるため、タテ糸とヨコ糸のウィーブバランス(織りの構造)を熟知していることが求められます。タテヨコ糸の張力のバランスが崩れると歪んだり、ひしゃげたような使いにくい織物になってしまうこともあります。素朴な織り機ながら、卓越した織りの技術とセンスを持つのがバルーチ族の織り物の特徴といえます。
バローチ絨毯(パイル)は一般的にはタテ糸、結び糸ともに羊毛が使われますが、ヨコ糸は2本引きで結び目ほとんどがペルシャ結び(非対称結び)です。バローチ族の修復師に聞いた話ですが、バールリ支族はトルコ結び(対称結び)を使うことがあるようです。
【暗闇に光るダイヤモンドとたたえられる色彩感覚】
トルコ系遊牧民の毛織物がカラフルでメリハリのある明るい配色なのに対して、乾燥地帯に住むバルーチ族の毛織物はひと目みればわかるほど、濃い色を組み合わせた色調です。濃い色彩の中に生成りの白をアクセントとして入れ込むのも特徴のひとつですが、濃紺に臙脂、黒にこげ茶などが全体を占めています。
濃い色と白色との彩度のメリハリが強いので、独特の幾何学文様がくっきり浮かび上がって見えてきます。自然の光で見ると、暗めの地色に白やオレンジなどの部分が浮かび上がり、「暗闇に光る宝石」のようだと喩える愛好家もいるほどです。
【大切な嫁入り道具としての毛織物】
遊牧生活を送るバローチ族によって織られる、絨毯、キリム、祈祷用敷物、サドルバックなどは元々売るためのものではなく、生活の道具でした。素晴しい手仕事の多くは実用のために織られるもので、彼らにとっても高い価値をもつものです。伝統的に遊牧民の娘達は家族以外の助けを借りないで婚礼用の毛織り物を準備します。婚礼用に準備するものは180x120cm程度の絨毯(メインラグ)、祈祷用絨毯、食卓布(ソフレ)ナン包みとダイニングソフレ、バーリシトバッグ(二組)、サドルバック、塩袋等々です。
バルーチと似た絨毯を織るテイムーリ族と似た風貌のブーラフィー族
【テイムーリ族】
主な生活地域・・・イラン東北ホラサーン地方〜アフガニスタン西部(ヘラート周辺)
テイムーリ族はTaimuri-Lenk(1336-1405)の系統を受け継ぐトルコ=モンゴル系の人々です。昔の先祖はモンゴルの勇者ジャンギス=ハンに遡れます。彼らの名前の由来は中央アジアの英雄Timuri(チムール)から受け継がれたと言われています。
テイムーリ族は「Turbat-i-Sheikhjam,Bakharz,Badggis,Shindand,Rokh and Khaf」の7つのサブトライブから形成されていますが、イラン東部と隣り合うアフガニスタン西部地域を古くから占有してきました。
彼らははアフガニスタン西部のヘラートからイラン東北地方のホラサーン州周辺をテリトリーとするチャハールアイマク族の一支族とも考えれていますが、最近までは近隣で暮らすバローチ族と同一視され、二つの部族の比較検討がされてきませんでした。さらにイラン~アフガン国境付近は部族の孤立地域となっているなどしていて情報も少なく、今でも多くの絨毯ディーラーはテムーリラグをバルーチ絨毯と見なしています。
テイムーリ族は小さめのラグや祈祷用の絨毯を織ることが多く、パイル(絨毯)には柔らかく、艶のある羊毛を使用し、バルーチ族と負けず劣らない濃いめの色を組み合わせます。
全体にミッドナイトブルー(濃紺)の地に込み入ったモチーフを入れこむのもバルーチと似ていますが、色相の異なる何色かのブルーを組み合わせることもあります。ビビットなエレクトリックブルーという色彩が織り込まれたものは、ファンも多く世界的に人気があります。
【ブーラフィー族】
主な生活地域・・・アフガニスタン南部~パキスタン西部バローチスタン州〜オマーン湾沿岸部(マクラン地方)など・・・。
パキスタン南部のブーラフィー系部族は、平織りや刺繍にも高い技術のものが見られ、民族衣装の前身ごろや袖、などに華やかな細かい刺繍飾り(バロチドレス)が見られます。お金儲けをあまり良しとしない部族性から、一般的には質素で、政治力も強くはないようですが、ものを作るセンスは抜群で、一度見たら忘れられないような印象をもつキリムや刺繍布を生み出します。
地域的にも外観的にもお隣のバローチ族と似通っているため、研究者の間でもバローチとしてひとつの部族集団と分類されることもあるようです。言語学的に見るとクルド語に近いペルシア語系のバルーチに対して、ブラーフィー族はドラビタ語に近い文法構造を持つようです。また、厳しい暑さと、海からの湿気もある地域では毛織物と同時に植物性繊維のゴザなども発達しています。
パイルの絨毯よりは、ヨコ糸で柄を出す紋織りのしっかりした平織りの敷物や塩入れ袋、バーリシト、寝具隠しなどの丈夫な毛織物を織ります。
ちなみにブラーフィー語でこれらの毛織り物は『コーント』と呼ばれるようです。
アフガニスタンの手仕事 Crafts of Afganistan
Vol.1 11/28(火)〜12/2(土)「バローチ族とタイマ二族のラグを中心に」
Vol.2 12/5(火)〜12/10(日)「トルクメンラグとウズベク刺繍や小物など」
日本からは最も遠く行きにくい国のひとつアフガニスタン。この地には500年前と変わらない手仕事が残っています。
半世紀近くにわたり、政治も経済も難しい状況が続いてますが50年後も今と同じ手仕事の伝統が続いているかもしれません。
今年の春ペシャワールから入手したラグや刺繍を紹介します。
参考文献:
『TRIBAL RUGS』 By Brian MacDonald
『TRIBAL RUGS』 By James Opie
『TRIBAL RUGS』 By Jenny Housego
『RUGS & CARPETS』 By Andrew Middleton
参考サイト:
裁判官の娘(ドクフタレ・カジイ)と呼ばれる絨毯 バルーチラグ(第1回)
抜群のセンスとテクニックを持つ 、「不思議なバルーチ!」