部族の赤い世界 vol.1〜赤を巡るフォークロア〜 

Posted by tribe on 2016年12月15日

谷中のエスノースギャラリーにて『Folklore in Red』展示会が始まりました。皆さんは赤い布や絨毯にどのようなイメージをおもちでしょうか?
都会の洗練されたインテリアショップやセレクトショップはグレーやベージュ、モノトーンやナチュラルな色彩がほとんどのように感じます。目立つ赤は直に飽きると思われているのか、組み合わせが難しいのかあまり見かけることは無いようです。
今回はあえて赤いモノだけを集めてみました。赤い世界をどのように感じるか?
機会に是非体験して欲しいです。

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赤い部屋の入り口

部族の赤い世界

石器時代から人々の生活の中に生かされてきた『赤』の色は、世界中の先住民族や少数部族にとって「ハレ」の日には欠くことの出来ない色として「祭」や「儀礼」を通じて受け継がれてきました。
太陽・火・血・果実・花・石・土などの赤は、時として様々な思いをヒトの心に刻み込んできたのではないでしょうか?
ステップの草原に訪れる一瞬の春に咲く赤いケシの花、サバンナの乾いた地平線にゆっくり落ちる夕日、温帯の北限広葉樹の森を彩る紅葉、ツンドラの過酷な冬の暖となるたき火、そして深い森の中に忽然と表れる不気味な赤いキノコ。
自然界の『赤』は逞しく生きる力として、あるいは「魔」を追い払う呪術的な色として、深くしっかりと人々の生活の中に息づいてきました。

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赤のアクセアリーやビーズと刺繍布

赤を巡るフォークロア

石川県能登半島にかつてあった鳳至郡(ふげしぐん)柳田村の土蔵の一室には、床・壁・天井すべて赤い漆塗りという『赤い部屋』が存在してたそうです。輪島塗りの伝統のある地域なのですが、どうして雪深いこの寒村にすべて朱塗りの部屋を作ったのでしょうか?

地元の庄屋のご主人が仕事の合間に作ったそうですが、『だれも入れない部屋で、自分だけが時々籠って気を休めた』語っているドキュメンタリー映像を見たことがあります。子供の頃に赤い部屋に籠ると、精神に異常をきたすという話を聞いた記憶があり、その話がとても不思議に感じました。

トルクメン族という中央アジアの騎馬民族の天幕の中も、ほぼ赤い色で覆われています。ユーラシア大陸を東西に駆け抜けて来た彼ら好んだのが赤い絨毯です、厳しい移動生活や激しい他部族との覇権争いの中で、最も気が休まるのが赤い絨毯の上で寛ぐことだそうです。

赤い色には人々の心の奥にある何かを揺り動かすようです。

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ウズベクやタジク族のスザニ刺繍や小物

インドの神話「リグ・ヴェーダ」再三登場する森の神『ルドラ』は、赤い髪と充血した真っ赤な目で森の中を咆哮しながら走り回ります。「ルドラ」とは「赤」・「血色の良い」・「泣かす者」などの意味で、ソーマという酒に酩酊し、或る時は森に住む賢者や行者に恩寵を施し、或る時は荒ぶる神として恐れられています。

このイメージは神でもあり鬼でもある日本の来訪神(まれびと)を思い起こさせます。愛知県奥三河の「花祭り」に登場し悪霊を追い払う「鬼」たちの大きな赤い仮面と全身を覆う赤い装束とも共通します。祭を盛り上げる鬼達は日本の伝統文化とも言える山岳信仰との関係も深いと言われています。天狗や修験者などは、縄文時代から受け継がれてきた山岳信仰の文化を受け継いでいます。丹と呼ばれる赤い土や水銀などの鉱物、キノコや山菜などの薬草などにも精通していたことでしょう。

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トルクメン族の絨毯や刺繍布

私達の良く知るサンタクロースも赤い帽子に赤い外套を着てクリスマスイヴの夜に訪れます。もともとは3世紀末の小アジアに生まれミュラ(現在のトルコ)の司教になった聖ニコラウス。その話が北欧に伝わり、トナカイに引かれたソリに乗ることになったそうです。赤い服も元々は司教の着る赤紫の祭服であったそうです。旧約聖書にも神(ヤハウェ)はモーゼに幕屋の建設のおり、赤く染めた雄羊の毛皮(聖なる祭服)との記述があり、モーゼの時代から「赤い毛皮」は神聖な色であったようです。
こうした赤い服・赤い色の織り物は呪術的世界観に満ちあふれています。

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ウクライナや東欧の民族衣装とベルベル族のキリム

草原の赤い絨毯

ユーラシア大陸の先住民や少数部族にとって『白・黒・赤』の三つの色は特に象徴的な色ですが、儀式や祭りには赤の色が欠かせません。中央アジアを中心に古くから勢力を保ってきた、トルコ系民族は、絨毯・刺繍(スザニ)・絣布・フェルト・金属工芸には赤いの色彩が使われています。中央アジアを中心に古くから移動を続けてきたトルコ語系の騎馬民族達は、絨毯、刺繍(スザニ)、フェルト、絣(アトラス)、金属工芸(アクセサリー)などの工芸品にこれでもかという程赤い色を使用してきました。なかでもトルクメン族は赤の持つパワーを最も信ずる部族と言えるでしょう。

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東欧の民族衣装とトルクメン族の刺繍帽子など

サラブレッドの原種とも言われるアハル・テケ(汗血馬)を有する彼らの行動範囲は広大で、西方はセルジュク朝トルコを建国し、東方は漢民族に恐れられた突厥(とっくつ)と呼ばれる騎馬民族との関係も深いと言われています。秦の始皇帝が統一したといわれる万里の長城も彼らの侵入を防ぐためとも言われています。欧米で公式な行事に敷かれる「レッド・カーペット」、日本でも身分の高い人のために敷かれる非毛氈(ひもうせん)も、おそらくは、彼らトルクメンの織った赤い絨毯が影響しているかもしれません。

中央アジアの草原をテリトリーに移動生活を営んできたトルクメンは「オイ」と呼ばれるテントに住んでいますが、その内側にはギュルと呼ばれると花紋の絨毯が敷かれ、壁には大型のジュワルと呼ばれる衣装袋が掛けられ、入り口にはエンシと呼ばれるテントドア用のラグが吊るされています。雨が少なく昼夜の温度差が激しい大陸性の気候のなか、一瞬訪れる春に咲き乱れる真っ赤なケシの花のイメージを取り込んだような赤い絨毯は、彼らの美意識の結晶のようです。
ある絨毯愛好家は彼らを「ノーブル・サベージ」=優雅なる野生人と称しています。

中央アジアの各部族だけでなく、良く訪れるイランの一般の家庭などもでも多くの方に好まれるのが赤い絨毯です。この機会に赤い手仕事の魅力を味わって頂きたいです。