これぞ遊牧民の手仕事!『サドルバック』。トライバルラグを楽しむには。#2

Posted by tribe on 2017年2月2日

前回に引き続きサドルバックの魅力を紹介したいと思います。現在行っている所沢市のギャラリー「forma」さんで2月3日から5日までの3日間、「旅の供はサドルバック」というテーマでお茶会を行うことになりました。
3回も続けてサドルバックの話をするのは初めてなので、どんな話をしようかと考えていたのですが、思いを巡らせるほどにサドルバックは遊牧民を代表する毛織物だと思うようになってきました。

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イラン東北地方ホラサーン州チャルメサング村近くのテイムーリ遊牧民のサドルバック

ネットで『サドルバック』という言葉を検索すると、ロードレース専用の自転車用のバックばかりが紹介されています。サドルとは本来「鞍」を意味しサドルバックは直訳すると「鞍袋」なのですが、現在のサドルは自転車の座面の意味になっているようです。

今回は本来のサドルバックが持つ独特の技法と工夫について紹介したいと思います。

遊牧民の知恵が詰まったサドルバックの止め口

サドルバックは馬やロバなどの背に乗る時に必要な「鞍」と「袋」を兼ねた多機能の「鞍袋」なのですが、移動の際は揺れる事も多く、袋から荷物が飛び出さないように袋の入り口にはファスナーのような止め具がついています。
展示会のお客様に、袋の開口部の止め方を実演すると、けっこう喜んでいただけます。元々日本にはサドルバック的な袋物が存在していなかったからなのか、そのテクニックを初めて目にする方が多いようです。実際にやってみるととてもシンプルで簡単に閉じられるのに、どうして日本はそのような「技」がなかったのか不思議なぐらいです。もしかしたらどこかの地方に存在していたのかもしれません。

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サドルバックの入り口部分(タイプ①)

サドルバックの止め口は大きく二つのタイプに分けられます。

①.ひとつは片側がスリットのある綴れ織りで、裏から組み紐状に編まれた紐を、端から順番に編み込んでいく方法です。これはスリットのの数にもよりますが、慣れると比較的早く閉じる事ができるようになります。また開くのは簡単で何か取り出したい時にはかなり早く開くことができます。東西を問わず多くの遊牧民のサドルバックに、この方法が取り入れられています。

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上はスリットに紐を入れただけ、下は紐を編みこんで閉じた様子(タイプ①)

②.もうひとつは袋の両側に同じタイプの組み紐が着けられていて、鎖状の紐交互に編み込んで行く方法です。まるで手動のファスナーのような仕組みです。閉じるにも開くにも少し手間がかかりますが、緻密にしっかりと閉じる事ができます。

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上は鎖状の紐、下は上下を交互に編み込んだ様子(タイプ②)

多様なサドルバックのサイズと技法

このブログでも何度も紹介しているルル族の大型のサドルバックの開口部(左から白・青・緑赤の色で綴れ織の技法で織られた部分)の最上部に紐が編みこまれています。(写真1)ルル/バフティヤリー族のサドルバックは圧倒的に大型ですが、これは険しい山や大河を越えて移動するために移動時間が長くなるからです。4000mを越える山越えルートの途中には、食料や生活用具を調達するお店は存在していないため、保存食や生活道具がたくさん必要になるからだと思われます。止め口もしっかりしていて、止め紐を出すはつり部分(スリット)もたくさん作られています。

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タイトルの上も同じルル族の大型サドルバック(タイプ①)

の綴れ織の止め方は、多くの遊牧民に広く共通しているようです。
次に紹介するのはイラン北西部からコーカサスの山岳地帯を遊牧するトルコ語を話すシャーセバン族の開口部です。遊牧系部族の毛織物には、それぞれに特徴がありますが、トルコ語系、ペルシア語(クルド語)系・アラブ語系など、部族によって、文様、色彩、織り技法などにかなりの違いがあることが知られています。それに比べ、サドルバックの開口部分は部族や地域を問わず共通しています。

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紐も美しいシャーセバン族のサドルバック(タイプ①)

下はアフガニスタン西部の山岳少数部族タイマニ族のモノですが、大きさは小さい目ですが技法的には同じやりかたです。このほかにもクルド族、バルーチ族、アフシャール族、カシュガイ族等々多くのなども共通した「綴れスリットに紐通しタイプ=(タイプ①)」です。

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タイマニ族の小さな開口部(タイプ①)

もう一つの両側から鎖状の紐を交互に編んでいくタイプは、あまり多くありませんが中央アジアのトルクメン族やアフガにスタン北部のトルコ語系部族に見られます。(写真2.)鎖状紐の本数いほど入り口はしっかりと閉じられて、米粒ひとつ飛び出さないようしっかりと閉じることができます。だだ実際にやってみると開け閉めともに10分くらいかかってしまうこともあります。手仕事に慣れた器用な人でもそれなりに時間がかかりそうです。この仕事は何といっても緻密で几帳面なトルクメン系部族の手によるものかもしれません。

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(写真2.)アフガニスタンのトルクメン系の止め口タイプ②

最後の始末が気になる日本人

止め口の紐を端から鎖状に編んだり、綴れ織りのスリットから出したりしながら、最後まで閉じた後がどうなるのか?実演していると多くの方に聞かれます。最後の紐の処理が気になるようです。現地の遊牧民にも尋ねてみたところ、「問題ない!」折り返して置くか、そのままにしておいても解けてこないという素朴な答えでした。それに比べ私達日本人は細部にとても凝る民族だという事がわかります。袋の裏や切れ端の処理にも気が行き届いているのが日本の手仕事と言えるかもしれません。

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上は端に紐を結ぶ房がついているタイプ.下南京錠つきのサドルバック

ある時、面白い端の処理をしているサドルバックを見つけました。なんと最後の紐に南京錠がぶら下がっていたのです。鍵はかかっていませんでしたが、きっと他人には見せられないなにか秘密なものを入れていてのでしょうか?興味がつのります・・・。ちなみに紐が切れていて、袋は開くのですが、こんな部分が生活の道具として織られたサドルバックの魅力といえるのかもしれません。

写真 :「イラン東北の遊牧民」  Fukuyama Yasuo