じゅうたん模様千一夜2. 絨毯に良く使われる文様世界
Posted by tribe on 2020年8月16日
人はいくら努力しても、星の瞬き、水の流れ、風に揺らぐ木々、馬の疾走などのありのままの自然を表現するのは難しいことです。
自然の風景、生物の様子などを身の回りの道具や衣装などに表現し続けてきたのが、トライバルラグやテキスタイルの文様の意味の一つと思います。
彼らの表現するシンプルな造形が、忠実な写実的な表現より自然の本質に近く感じることがあります。
絨毯に良く代表される文様の続きです。
絨毯に良く表現される文様その2
◆ボテ文様(ペーズリー)◆
「ボテ」とはあまり聞き慣れない言葉ですが、ネクタイやスカーフなどに使われる「ペーズリー」という名前は聞いた事があるかと思います。
服飾などに詳しい方はペーズリー柄は、織り物が盛んな英国のスコットランドの町の名前に由来しているということをご存知かもしれません。
「ボテ」にはペルシャ語で「灌木」という意味がありますが、イラン全土に広がる土漠地帯には背の低い樹木がたくさん見られ、その形がボテの語源になっているという説もあります。
ペーズリー文様には手の込んだ、非常に詳細で複雑な文様からシンプルなものまで、非常に多くのバリエーションが存在しています。
この文様をゴージャスに洗練させ、世界に名を轟かせたのは、なんと言ってもインド〜パキスタン国境のカシミール地方のショールです。
「ブータもしくブーディ」と呼ばれる高級素材カシミヤ(パシュミナ)ショールに表現された華やかで豪華な装飾モチーフは、18〜19世紀の欧州で一世を風靡しました。
ただそのルーツについては諸説あり、はっきりとはしていないようです。
ひとつはイラン発祥説で、かなり古い時代にゾロアスター教の聖地ヤズドで織られた布地にあるとも言われています。
イラン人の好む糸杉のモチーフの先端が風に揺れて、先端部分が傾がって現在の形になったというのです。イラン人の文様研究家もイランがボテ文様(ペーズリー)のルーツだと言っています。
もう一つは先のショールで有名なインドのカシミール説です。
毛織物や絨毯では、断片などを除いて17世紀以降のものしか見ることができませんが、9世紀のイスラム教初期に建てられたという、聖者を祭ったモスクにボテの初期の造形を見る事ができます。
それ以降のインド=ペルシア両世界には、様々なバリエーションに進化を続けながら多様なボテ文様の華が咲いたと言えそうです。
ユーラシアのアーリア系人種の間で生まれ、美しく完成されていったボテ文様は、文化の交流の中で洗練の度合いを深めていった文様のひとつではないでしょうか?
カシミールショールはボテ文様の代表的な手仕事には違いありませんが、その背景にはイラン文化の影響を受けたムガル時代があり、その後のイランのカジャール朝時代にも盛んに、絨毯や毛織物のモチーフとして取り入れられてきました。
世界のテキスタイル文化の最高峰と讃えられる、インド更紗、カシミールショール、ペルシア絨毯の三つに共通して表現され、世界各地にそのデザインは拡散していきました。
時代や地域を超えて愛され続けるのがボテ文様(ペーズリー)と言えるのではないでしょうか。
◆八芒星(エイトポイントスター)◆
八芒星(八角星)はイラン〜アフガニスタン〜パキスタンに暮らすバルーチ族の絨毯に良く登場する文様のひとつです。
イラン人の絨毯研究者の一人で、バルーチ族を中心とした『Sistan Carpets』の著者であるALI HASSORI氏は著書の中で八芒星(ハシュト・チャンゴク=八つの角)の意味を『そのデザインの意味の元となるのは一つの結晶=ダイヤモンド=ルジィに由来している。』と記しています。ペルシア語の「ルジィ」という単語は「菱形」に由来しているそうですが、もう一つ「ダイヤモンド=結晶体」という意味もあるようです。
または、「小鳥が集まり、頭を寄せ合う形と見ることも出来る。」これも見方によっては見えなくもありません。
雪の結晶、星、花びら、小鳥の集まり、ダイヤモンドの輝きなどなど、文様には自然現象、見た事のあるもの、知っているものをそのまま形として表現する『見立て』という要素が強く働いていると思われます。
同時にその造形が、共同体の象徴的なシンボルとしての意味を持つとも考えられます。
厳しい生活から生まれた部族絨毯の文様の意味を、大きく分けると、ひとつは部族や民族その社会的環境に伝統的に伝わってきたシンボル=象徴。
もう一つは過酷な生活や他部族との争いから身を守る魔除け的な意味合いです。
特に自然環境の厳しい風土に暮らす人々にとっては貴重な水や資源を巡っての争いは耐えることがなかったと思われます。
持てる者とそうでない者との格差が広がり、そこには他者への妬みや恨みなどの負の感情も生まれてくるでしょう。他社からの負の感情から身を守るための魔除のモチーフが発達したことは十分理解できます。
このため八芒星にはお守りとしての意味合いも強く、護符のように災いから身を守る魔除け的意味を持つようです。
「もののけ」や「呪詛」などが信じられていた、平安時代の京都で活躍した安倍晴明を祀る、清明神社でも星文様が護符となっているのは良く知られています。
八芒星には誇り高い部族の象徴性と生きて行くための智慧がこめられているように感じます。
実際にこの八芒星によって護られた経験がありますが、それ以来八芒星文様はお守りになっています。
◆生命の樹◆ イランの手仕事に表現される文様
生命の樹文様は神話や宗教的シンボルとして世界各地で表現され、その存在を確かなものとしてきたようです。
辞書をひくと、『特定の樹木を生命力の源泉、また豊饒(ほうじょう)・生産の象徴として崇拝する宗教現象』とあります。
「生命の樹」のイメージは古代オリエントを中心に、1本の樹木の両側に1頭の動物を描く図像があらわれ、その後ユーラシアの東西に広く伝わったと言われています。(一番上の図像)
イラクのニネヴェ遺跡の石に刻まれた有名なモチーフは、オリエント世界に共通する羽根を持つ神様のイメージですが、メソポタミア~イラン世界の特徴的なシンボルとなっています。
「生命の樹」のモチーフは世界中の手仕事に取り入れられていますが、絨毯やキリム文様にもたくさんの「生命の樹」が織り込まれています。
絨毯研究家J.Ford氏は著書のOrientalCarpets=絨毯のデザインのなかで絨毯やキリムの中に表現される“生命の樹”を5つに分類しました。
1.絵画的なデザインとしての“生命の樹”リアルな木そのものや、デザイン化された象徴としての“生命の樹”【tree of life】
2.鳥や動物を取り囲む“生命の樹” 【pictrial rug】
3.祈祷用絨毯に見られる“生命の樹”【prayer rug】
4.花瓶文様としての“生命の樹” 【Vase Dsign Rug】
5.庭園文様としての“生命の樹” 【Garden Design】
ただし、これらはあくまでも絨毯文様としての表現方法からの分類で、「生命の樹」には歴史的にも宗教的にも精神世界的にも非常に深い意味が込めれらているように思います。生命の樹文様は多くの願いや信仰の対象として表現されるのと同様に、乾燥地域においては樹木=水場=オアシスという遊牧系民族の心を癒すシンボル的な意味もあるように思えてきます。
生命の樹文様については引き続き考察を行いたいと思っています。
参考文献:Sistan Carpets by ALI HASSORI
Oriental Carpet Design : A Guide to Traditional Motifs, Patterns and Symbols by P. R. J. Ford
Tribal & Village Rugs: The Definitive Guide to Design, Pattern & Motif: The Definitive Guide to Design, Pattern and Motif : Peter F. Stone
参考サイト:tribe-log.comじゅうたん模様千一夜1.トライバルラグのモチーフvol.1
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