じゅうたんの教科書 第二章 絨毯の基礎知識 〜道具としての毛織物2〜「かける」

Posted by tribe on 2022年1月11日

前回のブログからはだいぶ時間が経ってしまいましたが、道具としての毛織物の続きです。

じゅうたんの教科書 第二章 絨毯の基礎知識 その2

 

「かける」

遊牧民達が生活の道具として織るトライバルラグの機能分類その2です。
前回は様々な「敷物」について分類しましたが、今回は入り口のドア用絨毯などの掛けて使うトライバルラグ、テント内の間仕切りや寝具隠し、さらに移動の際に動物の背中を覆う荷物カバーなども含めた「掛け布」の紹介です。

2.掛け布

掛け布(パルダ)は敷物や袋物と比べると薄くてしなやかで軽く、掛けることを主な目的として織られた毛織物です。

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トルクメン エルサリ支族のエンシ

①エンシ(テントのドア用絨毯)・・・テントの入り口専用に織られる特別なデザインのラグで、主にトルクメン族の織るテントドア用の絨毯がエンシと呼ばれています。
エンシはトルクメン族の絨毯文化には欠かせないアイテムで、素晴らしいデザインのものが多く織られています。また各支族によっても全体構成が違うためそれぞれの支族のエンシを収集するコケクターも存在しています。
特にサロール支族のエンシは希少性が高くオークションなどでもかなりの高値となっています。
その他の支部族のエンシも高貴な印象があり、トライバルラグの名品のひとつと言えるかもしれません。

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トルクメン ヨムート支族のエンシ

②パルダ(テント内の間仕切)・・・パルダとはペルシャ語でカーテンを意味し、カーテンのように掛けて使われる毛織物の総称ですが、同時にテント内の間仕切りとして目隠し的な役割もします。
パルダ(ぺルデ)には特に決まったデザインはありませんが、掛けるのが目的なので平織や綴織などの薄手が中心です。
200x130cm程度のサイズのものが多いため、ペルシャ絨毯の特定のサイズを表す用語としても使われいます。

アナトリア マラティヤ地方のジジム織の掛け布

③ジャジムもしくはガジャリ(多目的掛け布)・・・ タテ糸が表面に出る薄手の毛織物で、寝具の目隠し、風呂敷、荷物を載せた家畜の背中カバーするなど多目的に利用される毛織物です。
ほぼ同じ構造を持つ毛織物がイラン系部族はジャジム、中央アジアのウズベク系部族ではガジャリと呼ばれます。
幅20〜30cm程度の細幅の織物を何枚も繋いで幅広くしたジャジムもしくはガジャリは、タテ糸で文様や色彩を表現するためタテ糸を染める必要があります。
テントベルトなどと同様に20メートル程度の長い織物を180〜200cm程度に切って何本か繋いで使用ることが多いようです。
イラン東北部ホラサーン地方のクルド族、イラン北西部のシャーセバン族に優れたものが多く見られます。
中央アジアのウズベク族にもほぼ同様の織物が見られますが、ガジャリもしくはグジェリなどと呼ばれています

イラン北西部シャーセバン族のジャジム
中央アジア ウスベク族のガジャリ

④モジェ(寝具隠し用布)・・・モジェとはペルシャ語で波を意味しますが、波のような文様がその名前の由来なのか、それとも杉綾織による織文様によるのかは微妙です。ジャジムと同じタテ糸が表にくる織構造ですが、さらに綴れ織と綾織を組み合わせて複雑な織構造が特徴です。
この複雑な構造を持つモジェ織物はイラン南部のカシュガイ族に多く見られます。ジグザク文様が一般的ですが格子文様も時々見られます。

イラン南部 カシュガイ族のモジェ

⑤シャフイー(寝具隠し用布)・・・テント内に積まれた布団や寝具を隠すために横に掛けられる細長い目隠し用(主に寝具)の毛織物。
パキスタン西部〜アフガニスタン西南部に暮らす
ブラーフイー族が織る細長い毛織物で、その殆どはヨコ糸で文様を織り出すヨコ糸紋織技法です。
幅の広いタイプと細幅のものがありますが、細幅のものには一方にたくさんの房飾りが取り付けられてテント内の装飾にもなっ居るようです。

パキスタン西部 ブラーフイー族のシャフイー

⑥パラス(多目的掛け布)・・・③④⑤の掛け布とほぼ同じ役目を持ちますが、カスピ海南岸地方にはパラスと呼ばれる薄手の織物があります。イラン北部のカスピ海南岸のギーラーンやマザンダーラン地方にには幅30cm程の縞模様の平織の毛織物があり、3〜5枚程度繋ぎ合わせて多目的の掛け布として使用されています。
華やかな色彩のものから、天然羊毛色(ホドラング)だけで織られたシンプルなものまで多様な色彩が見られます。

イラン北部 マザンダーラン地方のパラス(天然色羊毛)

⑦ヴェルネ(多目的掛け布)・・・③④⑤⑥とほぼ同じ用途の掛け布ですが、コーカサス地方の伝統的織物でタテ糸を様々な糸で染めたてから織られるのが特徴です。多目的な布ですが、この地方ではヴェルネと呼ばれています。染められたタテ糸にカラフルなヨコ糸で縫い取り(ジジム織)を施すタイプが多いですが、綴織などの技法を入れ込むものも時々見られます。イラン北西部のシャーセバン族にも同様の織技法が見られます。

イラン北西部〜コーカサス地方に見られるヴェルネ

*③④⑤⑥⑦は同じ目的に使われることが多く、幅の狭いシャフイーは主に寝具を隠す目的で使われるようです。

部族によって呼び方は異なりますが、遊牧生活には織技法や色彩も多彩な掛け布が存在しています。
③④のジャジムやガジャリなどは掛け布だけだなく、下地にフェルトを縫い合わせて敷物に使用しているのを見たことがあります。
遊牧民達は道具の用途を限定せず、用途によって多様に使いこなしますが、今回は主に掛け布として使用されることが多い毛織物を紹介しました。
シャーセバン族のジャジムには時々藍染の木綿だけで織られるものがありますが、この地域では木綿が少ないこともあり希少な織物となっています。

次回は〜道具としての毛織物3〜 「入れる」を紹介したいと思います。

参考ブログ:tribe-log.com じゅうたんの教科書 第二章 絨毯の基礎知識 〜道具としての毛織物1〜 「しく」
tribe-log.com 実は色々な役割をもつトライバルラグ
tribe-log.com トライバルラグ 100名品. <No1.トルクメンエンシ>