「NOMADS IN ANATOLIA」By Dr. Harald Böhmer  〜草木染に一生を捧げた人 〜 vol2. 『アナトリアキリムの部族分類』

Posted by tribe on 2020年7月2日

暫く間が空いてしまいましたが、Harald Böhmer氏の業績を引き続き紹介したいと思います。

天然染料についての書籍「KOEKBOYA」の功績があまりにも大きくついついその紹介が中心になってしまいますが、Harald Böhmer氏はその後もう一冊素晴しい本を出版しています。
前回紹介した「HALI magazine」に投稿された追悼文に、Harald Böhmer氏のもうひとつの大きな仕事は「アナトリア遊牧民のフィールドワークとその生活史を素晴しい写真と供にまとめたことである」と絨毯研究のライバルでもあったDr.Jon.Tompspon がその業績を称えていました。
そのJon.Tompspon氏も残念なことに今年1月に他界されたことが伝えられています。この半世紀の絨毯研究を支えてきたドイツとイギリス出身の二人の巨人を相次いで失いました。Harald Böhmer氏のアナトリア遊牧民研究の集大成と言える写真集が「NOMADS IN ANATOLIA」です。
トルコ(アナトリア)の遊牧民研究の本ですが、一枚一枚の写真があまりも素晴しいので、ここでも少し紹介させていただきます。素晴しいカメラマンが同行し長い時間をかけて撮影を続けたフィールドワークの蓄積から生まれた貴重な記録です。

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民族写真家Josephine Powellさん

この写真集を飾る素晴らしい写真家の一人は2007年に88才で亡くなった、アメリカ人女性Josephine Powellさんです。
彼女を良く知る人のコメントですが、息を引き取るまで「冒険的で、生涯が旅の途中」であったような人生を送った人だったそうです。
同時に世界的に名の知れた写真家でもありました。

いつもタバコを手放さないチェーンスモーカーの彼女は、一般人=都会人にはあまり興味を示さなかったようで、インタビューなどでも時として人を煙に巻くような対応だったことが伝えられています。。
2007年に初めてアジアサイドで行われたICOC(国際絨毯会議)Ⅺ.イスタンブールの会場となったスイスホテルボスポラスで行われた写真展で初めて彼女の写真を目にしました。
何度も紹介してきたJon・Thompson氏の名著『Carpet Magic』の本にも彼女の撮影した写真が何枚か掲載されていて、そうとは知らずに目にしていました。
スイスホテルの写真展では彼女の知られざる写真がたくさん展示されていましたがどれも素晴らしく、女性でなければ撮れないだろう写真も多く、何よりも写真からは遊牧民やキリムに対する深い愛情が感じられました。
その中で特に印象に残ったのが、幾つかのモノクロの写真です。おそらく50年以上前のアフガニスタンの風景や遊牧民、そして石仏などの写真でした。

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スピンドル(紡ぎ車)で糸を紡ぐアナトリア遊牧民の女性

生前を良く知る人達から聞いた話では、とても個性的で、遠くからでもすぐにわかる強いオーラのようなものを発していたらしいです。一度あったら忘れられない存在感をお持ちだったようです。
彼女自ら『THE KILIM BUG』(キリム狂)と呼んでいたように、遊牧民の暮らしぶり、そして彼女達の織るキリムにどっぷりとつかり、相当な時間を遊牧民と共に費やしていた女性です。

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Josephine Powellさんのkilimコレクション

そんなキリムと遊牧民を愛するJosephine Powellさんと50年に渡ってトルコの遊牧民と生活を共にしながらキリムと植物染料「KEOKBOYA」を追求したHarald Böhmer氏の集大成が「NOMADS IN ANATOLIA」に纏められています。
とても一度では紹介しきれませんが、今回はその触り部分とこの本で初めて知ったアナトリアキリムと遊牧民の関係を紹介します。

それまでトルコのキリムの分類の多くが地名なのに対し、イランやアフガニスタンのトライバルラグはその名の通り部族(トライブ)で分類されのかが大きな疑問でした。
トルコのキリムも遊牧民が生活の為に織った物だとすれば、それに村や都市の名前で分類されることにどうも違和感を感じていました。
ところがこの本では、本のタイトルにあるのでアナトリアという呼び方をしますが、アナトリア遊牧民を大まかではありますが遊牧民ごとに4つに分類しています。
これまでに見た本では初めてだったので、すっきりしたと共にアナトリアに暮らす遊牧民の個性も見えて来ました。

map.1.turkey_map.jpgトルコ
アナトリア半島を南北に連なる山脈

Harald Böhmer氏によるアナトリア遊牧民の分類

以下の4つに大まかに分類していますが、元々住んでいた地域による民族的な違いが見て取れます。
さらに一つこの本ではそれぞれの遊牧民の天幕(テント)の形の違いも丹念に紹介されています。

1.サリケチリ ユリュック (アナトリア先住民 山岳遊牧民)【三角屋根のテント】
2-1.カラコユンル&アクコユンル ユリュック (アナトリア先住民 山岳遊牧民)【三角屋根のテント】
2-2.上以外の様々なユリュック (カラカザン、サチカラ、ホナムリ、バハシス、カララールなど)(アナトリア先住民 山岳遊牧民)
3.トルクメン系 (中央アジアから来た遊牧民) 【ドーム型のテント】
4.クルド系遊牧民 (山岳遊牧民) 【三角屋根のテント】

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アナトリア遊牧民をT-トルクメン、Yーユリュック、K-クルドに分類

Y 1.サリケチリ ユリュックとは「黄色い山羊と共に居る人」という意味があるそうですが、11世紀にはアナトリア中央部から地中海沿岸部の山岳地帯と高原を移動してた人々です。
この地域にはタウラス山脈と呼ばれる遊牧に適した環境があり、比較的温暖で豊かな自然の中で暮らして来た遊牧民ともいえそうです。
冬は地中海沿岸部の比較的温暖な地域で過ごし、夏は灌木の生茂る山岳地帯へ移動する暮らしですが、黒山羊の毛で織られた三角屋根のテントが特徴です。

Y 2.カラコユンル ユリュックとは「黒い羊と共に居る人」という意味があるそうです。ほぼ同じ地域を移動するアクコユンル ユリュックは「白い羊と共に居る人」という意味です。
14世紀くらいから現在のトルコを代表する古都コンヤ周辺と南西に位置する地中海沿岸のアンタルヤ周辺を移動しています。
彼らも黒山羊の毛で織られた三角屋根のテントが基本の住居です。

Y 2-2.カラコユンル&アクコユンル以外のユリュック集団で、カラカザン、サチカラ、ホナムリ、バハシス、カララールなどの家族名を持つグループがアナトリア高原南部に連なるタウルス山脈の高地や洞窟などをテリトリーとして遊牧生活を行っています。
*その中のホナムリユリュックの家族と共に生活した日本人、松原正毅氏の「遊牧の世界」は日本語で読める貴重な遊牧民の資料です。

T 3.トルクメン系 中央アジアにルーツを持つオグズ族系の遊牧民で赤い絨毯を織ることで知られていますが、11世紀頃に中央ユーラシアから移動してきた遊牧系部族です。
絨毯の世界ではあまりにも有名ですが、アナトリア半島に於いても長い間遊牧生活を続けていた人々です。
ユリュックとの違いはテントの形で、中央アジアではオイと呼ばれる半変形のドーム型天幕を住居にしています。

K 4.クルド系 クルド系遊牧民はギリシア人歴史家のXenophon(クセノフォン)の記述にも登場するメソポタミア文明とも関連の深い民族で、国家を持たない民として長い間イラク〜イラン〜シリア〜トルコの国境付近をテリトリーとして遊牧生活を営んできた人々です。
彼らも黒山羊の毛を使って織った三角屋根のテントを使っています。

Harald Böhmer氏の分類から、これまで少し遠く感じていたトルコ遊牧民がイランやアフガニスタンの遊牧民とも共通した部族の繋がりがあることを知る事ができました。

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黒山羊の毛を織られた三角屋根のテント

Harald Böhmer氏の渾身の著書でもある「NOMADS OF ANATORIA」はとても一回では紹介できない、盛り沢山の内容ですが、本の後半部分で紹介されているキリムのコレクションも素晴らしいです。
そこに紹介されている生活の為に織られたキリムやジジムは現在では殆どトルコ国内では見つけることが出来なくなっていますが、色彩の豊かさとモチーフの面白さは圧倒的です。

次回はそれぞれに分類された遊牧民が生活の中でどのようにキリムや袋物を使っているのかを紹介したいと思っています。

参考文献:HALI Magazine issue.194 .
『KOEKBOYA』 Natural dye from Turkey  by Harald Böhmer
『NOMADS IN ANATOLIA』 by Harald Böhmer

参考サイト:追悼! Harald Böhmer氏 〜草木染に一生を捧げた巨人 〜