vok collectionから収集とは何かを考える。 vol.3

Posted by tribe on 2020年7月22日

引き続きVok collectionの3回目です。
今回は多くの愛好家、研究者、ディーラー、コレクターが認めるVok氏のスザニコレクションのごく一部を紹介します。
興味ある方は、Rippon Boswellのウェブサイトで大きな画像を見られますので、そちらもご覧ください。

Ignazio Vok氏のRippon Boswell社におけるプライベートオークションは3回に及びましたが、いずれもすごい盛り上がりだったようです。
日本でもバブル期には様々な分野の工芸品の収集が行われました。
当時のコレクターの方々の高齢化が進むみ、収集品の世代交代がうまく行っていない場合、コレクションがお蔵入りになっているケースが増えているようです。
今回のオークションでは、この50年の間世界各地で収集された貴重な手仕事を、どうすれば将来の世代に活用できるかを示唆しているようにも思えます。

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左右共にスザニの最高傑作と呼ばれるラージメダリオンスザニ

収集品を資料としても保存する

Vok氏が最初のテキスタイルを手に入れたのは1974年のことでした。
それから40年、彼のテキスタイルコレクションは263点にのぼり、そのほとんどは4冊の豪華な本に記録されています。

1.中央アジアのスザニ、2.イランとコーカサスのキリム、3.アナトリアのキリムをそれぞれの分野の専門家3人と共同執筆しています。

1.ウズベクのスザニは民族学者のヤコブ・タウベ博士との共著です。
ロシア語に堪能なタウべ博士は、ソ連時代の研究成果を取り入れる立場にもあります。
色とりどりの中央アジアのスザニの傑作79点は、1994年と2006年に2冊出版されています。
個人所有のスザニコレクションとしてはおそらく最も重要なものであり、その範囲と質はロシアの美術館の所蔵品にも引けを取らないものです。
個人的にも20世紀の最高のスザニコレクションだと思います。

2.コーカサスとイランの107点のキリムについては、1996年にイランの有名な芸術家でギャラリーのオーナーでもあるハミド・サディギ・ネイリズ氏によって出版されました。

3.アナトリア(トルコ)の77点のキリムと平織類については、写真家でWWFの職員でもあるウド・ヒルシュ氏によって1997年に出版されています。
多くの分野に精通しているヒルシュ氏は、イスタンブールにあるVakiflar Carpet Museum(ヴァキフラー)絨毯博物館の設立に貢献し、東洋織物の権威としても知られています。

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前の所有者が評価を左右する?

オークションに出品される名品コレクションの解説文には、Literature=参考文献とPublished=出版物という補足がつけれらています。
今回のオークションの出展品にはほとんどに、Literature&Publishedが添えられていました。
そこに登場する書籍、研究家、鑑定人、ディーラーはこの世界では名の知れた有名人ばかりです。
前回のブログでも紹介しましたが、Vok氏自身購入する際のガイドとして、専門家のレコメンドや鑑定を大切にしていたとのべています。
同時の信頼の高い研究者やディーラー達の解説や鑑定が、品物の価値を高めていることは間違いないでしょう。
出版物やカタログに掲載されている物は、特に信頼性が高まります。

Published(出版物)
HERRMANN, EBERHART, Seltene Orientteppiche VIII. Munich 1986, no. 55 *** VOK, IGNAZIO, Vok Collection. Caucasus-Persia.
Gilim and other Flatweaves. (Text by Hamid Sadighi) Munich 1996, no. 24 *** TANAVOLI, PARVIZ, Persian Flatweaves. Woodbridge 2002, pl. 244

EBERHART HERRMANN氏は黄金時代のドイツで最高の物ばかりを扱っていたトップレベルのディーラーですが、当時のマーケットの盛り上がりには羨望を思えます。

PARVIZ TANAVOLI氏はイラン人の彫刻家で、トライバルラグ著書が10冊を超える研究家で、著書「Salt and Blead=塩袋とソフレ」は高い評価を得ています。

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左右とも世界に60枚ほどしか存在しないと言われているラージメダリオンスザニ

Vok氏のオークションに対してのコメント

『過去40年間、私は自分のコレクションであるテキスタイルをとても大切にしてきました。しかし、それらはどれも本当は自分のものではなく、限られた期間だけ私の所有品であることを常に知っていました。今回、平織、キリム、スザニを手放す決断をしたことで、私は二つのコレクションのシナリオを考えることができるようになりました。
1つ目は、発見、精査、美的・技術的な基準に基づいた自分自身の評価です。
2つ目は、新しい作品を手に入れ、夢を実現させた喜びを得られたことです。
その後、出版物や展示会でのエキサイティングな仕事がありました。
私のコレクション人生の第二段階に入った今、私は新たな未知の状況に直面しています。コレクターでもないのに、自分のコレクションの販売を依頼されている人たちの、全く違う考えと行動に遭遇してしまったのです。』

突然、私のテキスタイルが外から見直され、私の美術品が埋蔵量や推定値で評価されるようになったのです。
私のコレクションは別の基準で再編成され、オークションのために新しいカタログの説明が書かれました。それ以降私のコレクションは私事ではなくなりました。」

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左右ともにスザニの傑作の多い古都シャフリサブスのスザニ

『私は自分のコレクションを手放し、新たな冒険に乗り出そうとしています。
1.所有することの喜び。2.断捨離と売却。
この2つの段階は、私に自然で論理的な方法で完全な循環をもたらし、最終的には私の収集生活にこれまで発見されていなかった新たな意味を吹き込むことになるでしょう。
遠く離れた国で作られたこれらの美術品は、様々なルートを経て、様々な情報源を経由して私の元へとたどり着きました。
私は、これらの美術品が地球を横断する旅を続け、私が楽しむことができたのと同じような喜びと満足感を他の人々に与えてくれることを願っています。』

翻訳なので理解しにくい部分もありますが、世界各地で高齢化が進むコレクターにとっても示唆的な言葉です。
テキスタイル専門の美術館が存在していない日本では、寄贈したくてもするべく場所がないこともあって、これまでに収集された多くの工芸品は個人蔵としていわゆる「箪笥のこやし」になっています。
世界的に貴重な物も多いので、実物をどのように保管し展示紹介できるかは、今後取り組むべき大切な課題の一つであると考えています。

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左元々は遊牧民であるラカイ族のスザニ、右は珍しいカルジ産のスザニ

オークションの結果について

最高額の一つを紹介します。
Large Medallion Suzani (ラージメダリオン スザニ刺繍)
オリジン:Central Asia, South West Uzbekistan (中央アジア 南ウズベキスタン)
サイズ:252 x 180 cm
年代:early 19th century
結果:73,200.00 € (¥9,516,000)

3回に渡ったVokコレクションは、歴史に残る売り上げだったそうです。
ネット上に記載された数字を見ても大成功を収めたことがわかります。長年の収集品が「世界中を旅してみたい」というコレクターの願いが叶ったのです。
3つのセールの概要は以下の通りです。
Vok氏が4冊の本で発表したコレクションは263点、そのうち262点がオークションに出品されたました。
3冊のオークションカタログは通し番号が付され、そのうち即落札されなかった8点は、その後のオークションで再出品されています。
262点のうち259点が落札され、落札率は98.86%、落札価格の総額は€3,760,750です。
全てのキリムと平織は新しい所有者を見つけ、売れ残ったのは3点のスザニだけでした。

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左はラカイ族、右はサマルカンド周辺のカティクルガン産と表示されています

4つのカテゴリーでは以下のような結果です。

イランのキリムと平織 (68点) = € 437,750 平均落札価格 = € 6,435 (¥836,550)
コーカサスのキリム (35点) = € 447,100. 平均落札価格 = € 12,775 (¥1,660,750)
アナトリアのキリム (80点) = € 745,600. 平均落札価格 = € 9,320 (¥1,211,600)
スザニ刺繍布 (79点) = € 2,130,300. 平均落札価格 = € 26,965 (¥3,305,450)
* (1€ =¥130 2016年当時の平均レート)
販売の総額は€ 3,760,750 = ¥488,897,500

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左は隠れたスザニの名品が多いヌラタ、右は典型的な白地に赤のシャフリサブス

今回はいわゆるクラシックな絨毯はほとんど含まれていない中での結果です。
それだけ遊牧民の生活から生まれたキリムや中央アジアの刺繍が評価されている事を励みにしつつ、今後の研究と収集に精進したいと思いました。

この記事を書いてたら、絨毯研究家の鎌田先生から日本人では貴重な、トライバルラグコレクターのTさんと共著の論文が届きました。

紹介した20世紀最後のIgnazio Vok氏の時代とは違うインターネットをフル活用した21世紀形のコレクションの方法についての、興味深い内容です。

いつか紹介できればと考えています。

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左はすっきりしたデザインのケルミナ産、右は一番上と同じブハラです

参考サイト:RIPPON BOSWELL&CO.

関連サイト:最初で最後かもしれないキリム&スザニコレクションのオークション!
Ignazio Vokコレクション(ドイツRippon Boswell&Co.のオークション)vol.2