じゅうたんの教科書 第一章 1.トライバルラグの歴史

Posted by tribe on 2021年8月25日

発生から1年半近く経ってもcovid-19の感染者の増加はいまだに止まりません。
医療従事者、ソーシャルワーカー、私たちの生活を支える仕事に携わる方々を除き、一般の人達は自粛生活を余儀なくされています。
結果として家で過ごすお家時間が確実に増えているようです。
そんな状況の中で家具や絨毯など、インテリアへの関心と需要が高まっているように感じます。

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トライバルラグとミッドセンチュリーの家具

そのような背景からかトライバルラグやヴィンテージラグなどを取り扱う人も急増しているようです。
ネット検索に精通した知人から聞いたのですが、Instagramではヴィンテージラグを紹介するアカウントが30以上もあるそうです。
実際にはInstagramなどのSNSを営業ツールにして、ウェブショップだけでの販売が増えていると聞いています。
ネットで販売されているヴィンテージラグについては、様々なものが出回っているのですが、当ブログでもその辺りは紹介しています。
絨毯は特に実物を見ないと本質的な部分がわかりにくいです品物だと思いますが、実店舗に行くのが制限される中でネットショッピングの手軽さと便利さは、大きな魅力かもしれません。

これまでは家具店、百貨店の絨毯売り場、カーテンや絨毯の専門店、現地人がオーナーの路面店などが手織絨毯の主な取り扱いの場でしたが、それが大きく変わってきています。
ある意味ではこれまでの売り手側が扱いやすい限られた絨毯(ペルシャ絨毯やギャベ)から、オールドラグやトライバルラグなどの幅広い絨毯が紹介されるようになったと思います。

イラン各地の家庭で現在も織られている手織りじゅうたん

これまでにこのブログでも何度か紹介してきましたが、手織り絨毯の世界は奥深く、背後にある歴史、民族文化、民俗、精神性なども絨毯を楽しむ大切な要素だと改めて感じています。

大袈裟ですが、原点に戻って「じゅうたんとは何か?」をもう一度まとめてみたいと思うようになりました。

最近、誠文堂新光社という手仕事関係の書籍をたくさん出版している出版社の「やきもの教科書」という本を見つけました。
はるか縄文時代からやきもの王国と言っても過言ではない、世界でも稀に見る「やきもの大国」日本が生んだやきもの文化が、わかりやすく、丁寧に、幅広く網羅されています。
この本を見習って「じゅうたんの教科書」というタイトルで、じゅうたん文化の魅力を紹介していきたいと思っています。
しばらくお休みしていたブログですが、またお付き合いいただければ幸いです。

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『じゅうたんの教科書』 誠文堂新光社出版

『じゅうたんの教科書』 

第一章 じゅうたんの歴史

英国人のDr.Jon Thompsonは「織り手の立場」から、手織りじゅうたんを以下の4つのカテゴリーに分類しました。
じゅうたんの基礎を知るにはとてもわかりやすく、世界中の研究者やコレクターにも支持されている書籍です。

1.部族の織りと生活用の織物(自家用の毛織物)=トライバルラグ
2.村のコテージ生産(時としては売りもの用の絨毯)=村の絨毯
3.都市工房または町工房の絨毯(商業用絨毯)=商業絨毯
4.宮廷絨毯 

1.トライバルラグの歴史

Dr.Jon Thompsonもトライバルラグが手織絨毯の基層文化あると考えていたようですが、まずはトライバルラグが生まれた背景からみていきたい思います。
なぜならじゅうたんの素材となる羊毛は、遊牧民が家畜として羊を飼い始めたことと関係が深いと考えられているからです。

*遊牧民の起源と生活 (羊の家畜化)〜遊牧民の生活道具として生まれた毛織物〜

西・中央アジアの遊牧民の起源羊毛文化の源流(ウールのドメスティケーション)
〜羊毛文化源流を訪ねて〜

●7000年前ころに起こった農耕と遊牧生活(土器や石器スクレイパー)
<西アジアに多いファットテイル種の羊>

遊牧民のラグの原料となる羊毛という素材は、いつ頃から人の暮らしに関わって来たのでしょうか?
ヒツジやヤギが家畜化されたのは紀元前7000年頃と言われています。
初期の家畜化の目的は食肉としての資源を安定化することにあったようですが、紀元前5000年頃からは、毛やミルクあるいは使役などの副産物を目的にするドメスティケーション(家畜化)が進んだようです。
その辺りのエビデンスが、このところの目覚ましい考古学研究の成果でわかりはじめているようです。
その例のひとつとして紀元前6000年頃のトルコの遺跡から、器の壁に多数の穴が空いている土器が発掘されているのですが、それがチーズを製造する過程で水分を分離させるために使われた容器ではないかと、注目されています。

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西アジアに多いお尻に脂肪をためる種類の羊

<西アジアで数多く出土するスクレイパー石器>

毛の利用についても同様で、動物考古学によるヒツジなどの骨の分析から、食肉以外の人への利用が始まったのではないかという考え方が出てきているようです。
その証拠の一つは食肉に利用される場合、肉の柔らかい若いヒツジ(ラム肉)が好まれるので、若いヒツジの骨が多く出土するのですが、羊毛やミルク目的の場合、子を持つメスや去勢されたオスのヒツジの骨がバランス良く見つかっていることに由来するようです。理由は定かではありませんが、去勢されたオスヒツジからは良質の羊毛が得られる事を、イランのクルド遊牧民から聞いていました。

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外毛の間に隠された縮れて柔らかい内毛

ヒツジやヤギの家畜化がはじまってからどうして外毛(外気から身を守る硬い毛)の下に隠された繊維原料として利便性の高いウール(フリース)の存在を知り得たのでしょうか?

<イランのテペ・サラブ遺跡から発掘されたという羊の土偶>

シリア〜イラク〜イランでは土器新石器時代から銅石器時代にかけて、平たい半円形の特徴的なタビュラー・スクレイパーと呼ばれる石器が多く出土してます。
この石器は毛を刈るのにも使用されていた可能性が高く、かなり古くから繊維としての羊毛を利用していた可能も指摘されています。

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V字型の特徴的な文様が刻み込まれた羊型土偶

イランのテペ・サラブ遺跡から発見された羊型の土偶には、はっきりとわかるV字型の掘り込みが見られます。明らかに人が意識的に刻んだ形状ですが、このV字型は外毛の中に隠された、縮れて柔らかい織物用の毛を表していたのではないかという説があります。この文様が人が羊毛を加工用に利用していたのではないかという裏付けになるかどうかはわかりませんが、何某かの意味を持って刻まれたように見えてきます。
また西アジアの気候は夏が厳しくその前には自然に毛が抜け落ちたり、岩などに毛を擦りつけて脱毛する毛を摘み取る事もようにに想像できます。

前3000年になるとメソポタミアの粘度版文書からウール・タイプのヒツジの存在が明確に区別されていることがわかっています。
土器や石器と違いタンパク質の羊毛は土に戻ってしまうので、現物の考古学資料が少ないことから、歴史的な裏付けが見つけにくく、謎が多かったのですが、このところの目覚ましい考古学調査と地道な研究成果から、ヒツジと人間のながいながい共存関係の歴史を知る事ができるようになりました。

このようなことから日本がまだ縄文時代の頃に、西アジアでは羊毛素材を利用した織物がかなり発達していたのではないかということが想像できます。
何よりも羊は大昔から人にとって大切な動物だということが伝わってきます。

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悠久のときを経ており続けられる手織りじゅうたん イラン東北地方の村

研究者によって時代想定は多少異なりますが、なんと9000〜7000年前という遥か昔から羊毛を加工した敷物(じゅうたん)が作られていた可能性があるということです。
次回はシベリアの古代遊牧民の墓から発見された現存する世界最古のパジリク絨毯について考察してみたいと思います。

参考資料:『ムギとヒツジの考古学』 藤井純男著、
羊毛のドメスティケーション』 須藤寛史著、
 「ORIENTAL CARPETS From the tent,cottage and warkshop of Asia」
by Jon Thompson

参考サイト: tribe-log.com 素材について考える。羊毛について vol.1 ,
素材について考える。ウール(羊毛)とヘアー(獣毛)vol.2,
素材について考える。〜ウールのドメスティケーション〜 vol.3

あなたのラグは大丈夫? ヴィンテージラグについて http://tribe-log.com/article/4569.html