遊牧民の用と美◇ トライバルラグと染織品@清瀬市郷土博物館 その2(遊牧と定住)

Posted by tribe on 2022年5月14日

引き続き「遊牧民の用と美」展についてのご案内です。

来る6月1日より、地元清瀬市の郷土博物館にてトライバルラグの展示を行います。
会期:2022年 6月1日(水)ー6月11日(土) ※ 6月6日(月)
期間:午前10時〜午後5時まで

場所:清瀬市郷土博物館 【入場無料】 住所:東京都清瀬市上清戸2-6-41
電話:042-493-8585
展示会内容についての問い合わせ:09091339852 tribe 榊
mail:tribesakaki@gmail.com

婚礼用の持参品として織られた可能性のあるバルーチ族のメインラグ

ラグにこめられた二元的世界観

遊牧民の道具として織られた毛織物(トライバルラグ)の成り立ちについては、これまでにこのブログでも何度か紹介してきました。
いつ頃からトライバルラグが織り始められられたのかについては、世界の研究者の間でも意見が分かれるところです。
今回はトライバルラグが持つ重層的な魅力を、この地域特有の歴史的背景から掘り下げてみたいと思います。

歴史的背景の確かな証拠としては約2500年前に織られたパジリク絨毯(スキタイ族の古墳から発掘された世界最古の絨毯)の存在があり、同時に四大文明を繋いでいた移動型の暮らし持つ遊牧民存在があったことは、この地域の特徴の一つと言えるかもしれません。

プレインダス文明時代から遊牧していた可能性のあるブーラフイー族

『荒野と都市』言い換えれば砂漠とオアシスという二重構造を持つ生活環境も、この地域に暮らす人々が、手織り絨毯を生み出し、発達させた要因と考えられています。
この地域を旅していると、強い日差しの明るさとその影の静けさ、厳しい昼間の太陽と涼しい夜の月、洗練されたイスラム美術と野性味を帯びたなトライバルラグなど太極的な世界観を感じます。
厳しい気候風土という環境も、この地域でイスラム教が普及する前に信仰されていたゾロアスター的な二元的世界観を実感できます。

乾いた大地に暮らす西アジアの人々

「遊牧と定住」(牧畜と農耕)、「荒野とオアシス」(砂漠と都市)、「機能と装飾」(用と美)、「自然信仰と一神教」(アニミズムとイスラム)、「自家用と商業用絨毯」(トライバルラグとペルシャ絨毯)など、いくつかの二項対立する世界観からオリエントの手織り絨毯が洗練されていったのではないかと感じています。
陰陽という太極的世界観の中にも、陰の中に一点の陽が、陽の中に一点の陰が存在しているようにラグの中にも宇宙的バランスが取り込まれているように感じます。
それぞれの対立する二元的要素を持つ環境からトライバルラグが生まれ、その後も時間をかけて発展していったのではないでしょうか?

隠と陽の太極図を紋様化したようなトルクメン族のギョルモチーフ

遊牧と定住(牧畜と農耕)

思想家の柄谷行人氏は、日本の民俗学の創始者柳田國男論を語る『遊動論』の付論として添えられた「二種類の遊動性」の中で、人間の「遊動性」という概念を導入し、人は何故移動するのかそして定住してどのように起こったかを「贈与」と「返礼」という互酬性の原理を軸に考察しています。
牧畜も農耕も「原都市」と呼ばれる共同体と共同体の交流の場から始まり、そこに集まる様々な情報が交換集積され農耕や牧畜が始まったという、都市研究者ジェイン・ジェイコブス女史の説を支持していて、これまでヤギやヒツジなどの野性の群れを家畜化したのが牧畜の始まりとしていた、梅棹忠雄説と違う見解を示しています。

乾燥地帯で移動生活を続けてきた遊牧民の暮らし

西アジアの遊牧民の織るトライバルラグにも様々な情報や厳しい環境を生きるための知恵が織り込まれていると感じているのですが、都市と荒野を行き来するなかで、多くの情報を交換しながら、技術やデザインが洗練されて行ったのではないかと想像できます。
そして遊牧民達が、数千年前から現在に至る長い長い歴史の中で、部族(トライブ)という共同体を保持しながら生活環境を残してきたことには、驚きを感じます。また現在でもイランやアフガニスタンの一部では、数千年前と変わらない暮らしが残されているからです。
自らのトライブのアイデンティティーを守るための紋様、色彩、技法などを生み出し、それを守り続けて来た背景にも関連性がありそうです。
ただ純粋に見て美しいのもトライバルラグですが、長い歴史の中で織り続けてきた毛織物にこめられた様々な情報を、紐解いていくことにも楽しみを感じます。

イスタンブールのミナレット

自然信仰と一神教(アニミズムとイスラム)

現在のこの地域はほとんがイスラム教を信仰する国々となっています。7世紀におこったイスラム教は厳しい環境の砂漠地方を中心に広がりをみせました。
偶像崇拝を禁じるためペルシャ絨毯やモスクを彩るタイルなどにも人物像はほとんど見られません。
ところがイスラム教が起こる前に織られたパジリク絨毯にはたくさんの騎馬に乗る人物や動物が表現されています。
研究者などの間で、世界で最も洗練された美術工芸品を生み出したと言われる、イランのササン朝美術は当時信仰されていたゾロアスター教の最盛期とも重なり、多く工藝品に人物像や動物文様が見られます。

孔雀を文様化したシャーセバン族の動物紋様

古いトライバルラグにはライオン、馬、ラクダ、などの動物や人物像も見られます。またアニマルヘッドコラムなどに見られる動物文様も写実的表現ではなく、幾何学的なモチーフに変化させていった経緯が見られます。(リンク)
絨毯研究家のジョン・トンプソン氏もシャーセバン族などの洗練された動物文様は、イスラム教の影響を受けることで現在の幾何学的なモチーフへと洗練されたのではないかと述べています。
実際にトライバルモチーフを見てみると、様々な要素を持つモチーフが形を変えて紋様化されていることが見てとれます。

都市で生まれたイスラム美術と荒野で育まれた遊牧民文化(トライバルラグ)が相互に影響を与えながら、現在に至ったとも考えられます。
この地域の重層的な歴史をバックグラウンドに持つ感性が、トライバルラグの紋様にも強く反映されていると感じます。

こちらも合わせてご覧ください。 遊牧民の用と美◇ トライバルラグと染織品@清瀬市郷土博物館 その2(遊牧と定住)

トライバルラグの様々なモチーフ

次回以降で、トライバルラグに於ける機能と装飾(用と美)、自家用と商業用(トライバルラグとペルシャ絨毯)、荒野とオアシス(砂漠と都市)なども注目していけたらと思います。

参考文献:「遊動論」 柄谷行人著 「狩猟と牧畜の世界」梅棹忠夫著 
「都市の経済学」ジェイン・ジェイコブス著
参考ブログ:tribe-log.com じゅうたんの教科書 第一章 じゅうたんの歴史その2 
〜世界最古の絨毯パジリク絨毯の発見〜
tribe-log.com じゅうたんの教科書 第一章 1.トライバルラグの歴史
遊牧民の用と美◇ トライバルラグと染織品@清瀬市郷土博物館 その2(遊牧と定住)