さすらう遊牧民バローチ Vol1. 〜The Wandering Baluch〜

Posted by tribe on 2017年11月20日

イギリスの伝説的なトライバルラグディーラーが30年ほど前に「Rugs of Wandering Baluch〜さすらう遊牧民バローチ族の絨毯〜」という展示会を企画しました。その際に図録的な本も出版されましたが、現在でも高値が続いています。
バローチ族についてはこのブログでも度々紹介してきましたが、最後まで遊牧民としてのアイデンティティーを持ち続けています。
変わりゆく世界の中で、将来も遊牧民として部族の誇りを保ち続けてくれそうなのがバローチ族ではないかと思います。
知る程に「謎」が深まる神秘の部族とも言えるでしょう。

630.bird.sadoru02
「バローチ」の名前は鳥の鶏冠に由来するらしい

バルーチ族 最後の遊牧民? Wandering Baluchi

アフガニスタンの手仕事@エスノースギャラリー

Vol.1 11/28(火)〜12/2(土)「バローチ族とタイマ二族のラグを中心に」  
Vol.2 12/5(火)〜12/10(日)「トルクメンラグとウズベク刺繍や小物など」

11:00~19:00 OPEN

会場:エスノースギャラリー 〒110-0001 東京都台東区谷中3-13-6
*JR日暮里駅北口から徒歩7分、千代田線千駄木駅2番出口 徒歩3分 

日本からは最も遠く行きにくい国のひとつアフガニスタン。この地には500年前とほぼ変わらない手仕事が残っています。
半世紀近くにわたり、政治も経済も難しい状況が続いてますが50年後も今と同じ手仕事の伝統が続いているかもしれません。
今年の春ペシャワールから入手したラグや刺繍を紹介します。

630.P6194234-1
アフガニスタン西部のサドルバックの表皮

あなたもバローチ族になれるかも?

バローチ族の分類が困難な理由のひとつは、とても良く似た絨毯を織るテイムーリ族、外見が良く似たブラーフィー族など関連部族が複雑すぎることが考えられます。「The Baluch Tribe」はイランではバルーチ、アフガニスタン〜パキスタンではバローチと呼ばれていますが、移動範囲や生活範囲が広くまた複雑で、他の部族との交流が多いのも特徴です。古くはアラブ地域に居た人々がイラン南部を通過し、カスピ海沿岸をよこぎり現在の位置に移動して来たようです。(フライ、1960年)

シリア周辺に住むアラブ系の人々が民族的なルーツではないかと言われていますが、これもはっきりしていないようです。移動を続けながら周辺のクルド族とも交流し、幾つかの氏族集団に分裂と統合を繰り返しながら、現在のバルーチ族を形成していると考えられています。欧米でもバルーチ族に関しては曖昧な記述が多く、バローチとその関連諸部族(Baluch & related tribe)と分類されています。その理由のひとつとして、だれでもがバローチ族に成ることが可能だという話を数少ないバローチ研究者から聞きました。

バルーチ族は自らをバルーチと宣言することと、バルーチの掟(コウル)を守る事でバルーチ族として認定され、多くの部族集団が時間をかけて複雑に交じり合い現在に至っていると考えられる。(村山和之 1999年)

630.baluchi.zangu01
シスターンバルーチの背負子ラグ(ザングー)

そんな理由からか血族を重んじるトルクメン族などとは対照的に、純粋なバルーチ族という定義は困難なようです。イラン~アフガニスタン~パキスタンを含むこの地域は、荒涼とした砂漠と黒い岩山の連なる厳しい環境のなか、素晴しい手仕事や芸能を生み出すすることが出きる人々でもあります。北は冬には雪も降る高原地帯のイラン東北のホラサーン地方から南は点々とナツメヤシの茂るアラビア海に面したマクラーン地方まで、東西南北に幅広い地域が彼らのテリトリーです。居住エリアから下記のような4つの地域に分けてみましたが、織られる絨毯やキリムにもその特徴が見られます。

4つの地域に分かれるバルーチ系遊牧民

トルクメン族はギュル文様や色彩などの違いからサブトライブ(支族)の分類が進んできましたが、サブトライブが曖昧なバルーチ族は地域による分類のほうがわかりやすそうです。

450.baluchi.sofure1
ラクダ毛が中央に使われたバルーチソフレ(食卓布)

1.イラン東北地方(ホラサーン地方)

イラン北東部ホラサーン地方のトルバテ・ジャムやトルバテ・ヘイダリ村はバルーチ系部族のテリトリーのひとつです。ここではバルーチ本来のシックな色彩に加え、赤やオレンジなど赤系の色彩を組み合わせたラグやキリムが織られています。祈祷用絨毯やバーリシト(枕)袋のフィールドには、ラクダ毛が多く使われるのもホラサーン地方の特色です。
鶏や犬などの動物紋様に加え、イスラム教ではあまり登場しない人物像が織り込まれることもあり、多様で自由なデザインの表現も時々見られます。同時に多様な技法を駆使したキリムやソフレなど、際立った技術の毛織物も見られます。

450.P2047888
イスラム圏では珍しく花を持つ女性像が表現された絨毯

2.イラン東部~アフガニスタン西部(シスターン地方)

ホラサーン地方の遥か南方に位置するシスターン地方(ザボル~ザヘダン地域)に暮らすバルーチ族は、シックな色合いが特徴です。限りなく黒に近い濃紺に臙脂色、灰色をおびた深緑などの濃い色を巧みに組み合わせ、他には無い独特の雰囲気を醸し出しています。織り技法も多様で絨毯(パイル)、大形の2枚繋ぎの平織り(キリム)、バーリシトなどの袋物が織られ、その高い技術とセンスは1000年前にユーラシアを制覇したスキタイ系遊牧民=サカ族がシスターン地方に侵入したさいに伝えられたと言われています。

450.P4212686
シスターンバローチのバーリシト(枕)の表皮

3.アフガニスタン南西部(アドラスカン地方)

アフガ二スタンの古都へラートから南方のアドラスカン~シンダンド~ファラーなどの村やその周辺では、柔らかく光沢のある羊毛で、黒光りする雰囲気のあるラグが織られています。色彩や技術はイラン国境付近のシスターン地方とも似ていますが、シックな色彩のラグやキリム、サドルバック、バーリシトなどが多く織られています。この地域のバルーチ族が好むのは緻密な紋織りで、特に袋物の開口部や破れやすい敷物の両端には羊毛より堅くて丈夫な山羊毛が使われるのも特徴のひとつです。

500.IMG_0868
アフガニスタン西部のアドラスカンバルーチのサドルバック

4.パキスタン西部(バローチスタン地方)

そのほとんどは猛烈な暑さを伴う、不毛な土地で、山羊を中心とする遊牧とオアシスでのナツメヤシに依存するのがパキスタンのバローチ系部族の生活基盤となっています。欧米ではバローチと分類されていますが、実はブラーフィー語を話すブラーフィー族と呼ばれる人々がバローチ族と同ように遊牧生活を行なっています。彼らの織り物はほとんどが紋織り技法です。塩袋、バーリシトと呼ばれる細長い袋物、テント内の寝具を隠す掛け布等に美しい手仕事が見られます。バローチ族との違って、ほとんどパイルの敷物は織られないようです。

さすらう遊牧民バローチ Vol2.もどうぞ>

630burafi-kirim5
パキスタン西部のブーラフィー族の寝具隠しキリム

同じバルーチ族でもホラサーン・シスターン・アドラスカン・バローチスタンでは織られるラグやキリムに違いがあり、技法や色彩なども微妙に異なります。またさらに中央アジア出身のテイムーリ族やパキスタン南部のブラーフィー族もバルーチ族として分類されますが、そのルーツには違いがあるようです。毛織り物や外見にも特徴があるようですが、その分類は難しいと思われます。(つづく)

630.2017-アフガニスタン手仕事

*遊牧民やトライバルラグ談義を楽しみにしています。

参考文献:
『TRIBAL RUGS』 By Brian MacDonald
『TRIBAL RUGS』 By James Opie
『TRIBAL RUGS』 By Jenny Housego
『RUGS & CARPETS』 By Andrew Middleton

参考サイト:
裁判官の娘(ドクフタレ・カジイ)と呼ばれる絨毯 バルーチラグ(第1回)
抜群のセンスとテクニックを持つ 、「不思議なバルーチ!」
さすらう遊牧民バローチ Vol2. 〜The Wandering Baluch〜