絨毯もよう千夜一夜5. モチーフ図鑑(自然)1.

Posted by tribe on 2020年9月1日

「絨毯の文様から世界の文化が見えてくる。」

大袈裟ですが、これは文化服飾博物館の出版している「世界の服飾文様図鑑」の冒頭コピーの『服飾の文様から世界の文化が見えてくる。』の「服飾」を「絨毯」に変えてみました。
「世界の服飾文様図鑑」は、膨大な服飾関係のコスチュームやテキスタイルを所蔵している文化服飾博物館から2017年に出版されました。
古くからの大財閥三井家の収集した世界的な着物コレクションを含め、長い時間をかけて集めた民族衣装の数々が、文様紹介例として贅沢に掲載されています。
出版当時の学芸員だった吉村さんと現在の学芸員の村上さんが中心的に、民族的背景を含めた多様な文様の世界が丁寧に紐解かれています。

book「世界の服飾文様図鑑」 文化服飾博物館出版 吉村紅花・村上佳代その他著

写真と内容の両方ともが充実した素晴らしい内容です。
本の「はじめに」にでは、当時加速していたグローバル化に対して、さまざまなモノやコトの標準化、均一化を危惧し、科学が万能という価値観に対して、身の回りに起こり得る神秘性の喪失を憂いています。
世界各地のさまざまな民族が大事に守り続けてきた文様から、価値観の多様性のたいせつさを説いています。

この服飾文様図鑑で分類されている世界各地に存在する文様をお手本に、絨毯文様にも当てはめながら紹介していきます。

1回目は私たちを取り巻く大自然の恵と畏れを表す自然にまつわる文様とその簡単な意味ですが、次回以降は
2.植物文様(ボタニカルのチーフ)
3.動物(生き物)文様(アニマルモチーフ)
4.暮らしの文様(リヴィングモチーフ)
5.祈りの文様(プレイングモチーフ)
などに分類して紹介していきます。

◆1.自然文様(ナチュラルモチーフ)◆

◇雷⚡︎ キーワード(厳粛な力、速さ)

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世界各地にあるさまざまな雷文

砂漠で突然の雷を伴った豪雨に遭遇したことがありますが、隠れるところが全くないので恐怖体験でした。
雷は雷文と呼ばれるジグザグや渦巻文様が有名ですが、多くの方はラーメンの丼の周り縁をイメージされるのではないでしょうか?
そのラーメンどんぶりの縁文様がどこから来たのかは定かではないようですが、古代中国の青銅器時代の「周」や「殷」王朝時代の饕餮紋(とうてつもん)がその由来ではないかという説があります。

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周や殷王朝時代の青銅器の表現された饕餮紋

易経にも登場する3本足の「鼎」という鍋の表面に彩られた複雑で力強い文様が単純化されて、どんぶりの周りフチに落ち着いたようです。
見方によっては卍文様にも見える雷文は魔除け的な意味も表すようです。また雷の轟音と光から力強さのシンボルとしても表現されます。
服飾においては強すぎるので、能の荒々しい役柄には使用されるそうですが、女性の着物などには少ないようです。

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スウェーデン人の研究者J.G.アンダーソンが発見したアンダーソン土器

◇渦巻き キーワード(生命力 永遠性) 

雷文と同様な意味をもつと言われる渦巻き文様も世界各地に登場する普遍的な文様です。
古代日本の縄文時代の土器や土偶にも多く表現されています、先に紹介した中国の饕餮紋にも渦巻きは見られます。
民族衣装の美しい中国貴州省の苗族の上着の背中や赤ちゃんの背負い子にも連続した渦巻き文様が見られます。
特に民族衣装に表現される渦巻き文様には苗族の始祖伝説を反映したものが多く残り、大波、小波というエネルギーに満ち溢れた自然の偉大な力を表現しているようです。

◇水〜 キーワード(生命の源、オアシス)

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観世水と呼ばれる水の流れを表現した文様

流水も含めた水のイメージはたくさんの絨毯に登場します。  
バルーチ族の絨毯にアオジィーデザイン(流水文様)と分析されるデザイン構成があります。
主に2〜3つの中心的な菱形の核から泉が湧き出すように外側に波紋が広がるような印象を受けます。
また世界的に評価の高いウイグル絨毯の文様を分析した、杉山徳太郎氏による「ウイグル絨毯文様孝」という書籍にケリクンヌスカ(流水文様)という絨毯が登場します。
ウイグル語で「ケリクン」とは溢れる水、洪水を意味するようですが、杉山氏は「多重のギザギザのある菱形が1つないし数個連なっている。」記載されてバルーチラグと共通しています。
バルーチ族の流水文様(アオジィーデザイン)と遠く離れたウイグル族が同じ流水文様(ケリクンヌスカ)を表現するという共通点も興味深い内容です。

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ウイグル絨毯によく表現されるケリクンヌスカ(流水文様)

文様は主観的な世界なので人によって感じ方は違うと思われますが、砂漠に湧く泉や井戸から湧き出す水のイメージは潤いを与える文様に思えます。
また同時に砂漠や乾燥地帯で突然降る大雨や雪解け水による洪水による溺死などの話も聞くことがあります。
渦巻きを伴う水の流れをイメージしたモチーフは、人に欠かせない、生命の水と恐ろしい水の両方の意味があるかもしれません。
世界各地の布や壺などにも見つけることのできる共通した人間に関わりの深い文様の一つではないでしょうか?

泉が湧くイメージのイラン南部シスターン地方のバルーチラグ

◇太陽 ☀️ キーワード(生命力、永遠性)

暑さの厳しい乾燥地域では、月や星に比べると強い日差しは避けたい存在ですが生命の源としてのエネルギーとして表現されることもあります。
シャムサと呼ばれる放射状の光芒(光の線)を伴ったメダリオン文様はイスラム美術の影響の強い絨毯の中心部や写本の表紙に登場します。
世界最高峰の絨毯という呼び声の高いイランのアルダビル地方のモスクで発見された、「アルダビル絨毯」の中央に配置された16の光芒を持つメダリオンも太陽を表現したという説もあります。
現在の中国南部から東アジアにかけて神鳥(鳳凰)などと共に表現される太陽文様は、雲南省〜貴州省〜タイ〜ラオス〜ベトナムなどの山岳少数民族に愛用される文様表現です。
日本でも神話に登場する八咫烏と共に表現される日壇は大地を照らす光明として、中心的な神様(天照)のシンボルともなっています。

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シャムスと呼ばれるイスラムの経典の写本に表現される文様
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世界最高穂の絨毯と言われるV&A美術館所蔵のアルダビル絨毯

◇月 ● キーワード(神秘、願い)

イスラム圏は太陰暦の地域が多く、大切な宗教儀礼のラマダンも9番目の月を意味します。
新月から次の新月までの期間が断食月となりますが日常生活に月の満ち欠けが重要な意味を持っていると思われます。
新月から始まる三日月が好まれるイスラム圏では、三日月型のモチーフが民族衣装や国旗などにも多く取り入れられています。
ウズベク族に代表されるスザニと呼ばれる刺繍布の大胆で大きな丸い円文は、太陽のようにも見えますが砂漠の地平線から昇る赤みがかった色の満月を表現しているとも言われています。
ペルシャ語では「マー」と呼ばれ、美しい女性を表現する比喩としても使われます。

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中央アジアの華と言われるスザニ刺繍布

日本人にも古くから好まれる月ですが、満ち欠けによる変化と、星と比べると大きく、光度も高いのではっきり見ることができます。
特に乾いた砂漠地帯の地平線から昇る月と闇夜の明るさは、多くの人の心に強い印象を与えてきたと思われます。
神話古事記に登場するツキヨミやインドの古代神話の月の神チャンドラなど、世界各地の神話にも登場する月の神様の加護にあやかりたいという縁起担ぎもあるようです。
ただ満月は潜在意識に強い影響を与えるとも言われていて、犯罪が増えたり、トラブルが多くなったりするという報告もあるので、太陽のように全てがプラスというわけではなさそうですが
その欠けていく(欠損)の魔力的な魅力もあるようです。

◇星 ✴︎ キーワード(智慧、幸運)

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20世紀最高のコレクションと言われるオリエントスターコレクション

何度か紹介した八芒星に代表される星文様はトルコ〜コーカサス〜イラン〜アフガニスタン〜中央アジアの民族に古くから愛されるモチーフです。
特に絨毯には多くの星文様が表現されてきましたが、オリエントスターと称されて実に多くの絨毯やキリムに織り込まれています。
20世期最大の個人による絨毯コレクションと言われる、ドイツ人E.kiruhaim氏の「Orient Star Collection」は圧巻です。
当時はヨーロッパでオリエンタルカーペットと呼ばれる東洋の絨毯の収集の黄金時代で、中でも最も充実したコーカサスやアナトリアの星文様絨毯を集めたのが、オリエントスターコレクションです。
このコレクションから見てもいかに多くの絨毯に、星文様が表現されて来たのかがよくわかります。

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トルコ〜アルメニア〜コーカサスの星文様絨毯

コーカサス〜トルコでは幾何学的でメリハリのある星文様が、イランでは少しアレンジされた星文様が好まれるようです。
中世には偉大なる天文学者アフマド・アリ=ビールーニーを産んだ、中央アジアやイランでは占星術や天文学などの星を読む最先端の科学も発達していました。
イスラム圏で知識を意味するとも言われる「星」は、日中に照りつける太陽よりも夜の涼しさの中で輝く月や星の存在が好まれるかもしれません。

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アルメニアとコーカサスの星文様絨毯

参考文献:「世界の服飾文様図鑑」文化服飾博物館 吉村紅花・村上佳代他著
「ウイグル絨毯文様孝」杉山徳太郎著
THE ORIENTAL RUG LEXICON by Peter F.Stone
Orient Stars by Heinrich Kirchheim.

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トルコ〜コーカサス〜トライバルラグにも多く使われる八芒星文様

参考サイト:
tribe-log.com じゅうたん模様千一夜4. 伝統絨毯に使われる文様世界2.vol.4
tribe-log.com じゅうたん模様千一夜1.トライバルラグのモチーフ2.vol.3
tribe-log.com じゅうたん模様千一夜2.絨毯に良く使われる文様世界1.vol2.
tribe-log.com じゅうたん模様千一夜1.トライバルラグのモチーフ1.vol.1
tribe-log.com ★マシャドの八芒星 『魔除の文様』 〜旅で見た夢〜

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トルコ〜コーカサス〜トライバルラグにも多く使われる八芒星文様