じゅうたんの教科書 第二章 絨毯の基礎知識 〜道具としての毛織物4〜「しばる」&「かざる」

Posted by tribe on 2022年1月25日

前回紹介した道具としての毛織物「いれる」に続いて、今回は遊牧生活には欠かせない実用品としての紐類「しばる」と大切な家畜を飾る様々な動物飾り「かざる」を合わせて紹介します。

じゅうたんの教科書 第二章 絨毯の基礎知識vol.4 〜道具としての毛織物4〜

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シャーセバン族のテントの中の飾り紐

「しばる」

4.紐類

①ナワール(テントベルト)・・・テントの周囲に巻きつけて壁としたり、テント枠組みと屋根を縛りつけたりする、パイルや紋織りなど様々な織構造を持つ細長い織物類。
トルクメンやカザフ族などドーム型のテントの壁としてテントの枠組みにしばる幅25~30cm程度の幅広いタイプのテントベルト。長さはドーム型テントの円周となる18〜20m程度におよぶこともあります。

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トルクメン族のパイルのテントベルト

その他に幅3~5cm程度の幅で、テントのフレームがばらけないように巻きつける細幅の紐もあります。
ベルト類はタテ糸が表に出るタテ糸表織構造のものが多いのですが、遊牧時代(19世紀)のトルクメン族には平織地にパイルで文様を織り込んだパイル文様のテントベルトが見られます。
パイル織のテントベルトは数が少ないため、その多くは欧米のコレクターの収集品となっています。

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ウズベク族のタテ糸紋織のテントベルト

②ギャンダンバンド(荷造り紐) ・・・主に移動時に家畜に荷物を縛りつけるときの紐類で、ラクダや馬の腹帯などにも使用されます。テントベルトよりも短く、タテ糸が表面に出るタテ糸紋織りや*カード織りが多くみられます。
西アジアの遊牧民が使う手織りのバンド(紐類)には、豊かな伝統があります。これらの手織り帯には、たくさんの伝統的なモチーフが存在していて、「しばる」という機能を超えた面白さがあります。

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Fred Mushkat氏の荷紐のコレクションの書籍

2020年に出版された荷紐のコレクションの書籍「Weavings of Nomads in Iran 〜Warp-faced Bands and Relate〜」の著者でありテントベルトコレクターのFred Mushkat氏は遊牧生活はバンド抜きには成り立たなく、バンドは遊牧民の生活を象徴する大切なものであるとしています。

Fred Mushkat氏はイランの遊牧民の生活と織物に関する著書の中で、バンドは遊牧民のグループ間のつながりを示すものでであり、多くの織り手達は文字を理解しなかったが、イメージを織物に転写するという別の形のリテラシーを持ってたとしています。
イラン南部のカシュガイ族、ルル/バフティヤリー族に素晴らしい装飾が施されたバンドが多く、過酷な遊牧生活に欠かせない強靭な強さと伝統的なモチーフが表現された「用と美」を併せ持つ紐の魅力は尽きません。

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トルクメン族のテントベルト

「かざる」

5.動物の飾り

①ラクダ飾りアスマリク)・・・主にトルクメン族の婚礼の際にラクダを飾る毛織物類。
五角形の特殊な形状のラグで、トルクメン族の婚礼の際にラクダのコブにかけて使われます。そのほとんどはトルクメンらしくパイル構造ですが、たまに刺繍のコブ飾り(アスマリク)もみれらます。
トルクメン族の婚礼はとても重要な儀礼で、花嫁はラクダに乗って新郎の元に嫁ぎます。アスマリクはその際に五角形の頂点を縛りラクダのコブの両側にぶら下げる、コブを飾るためだけの毛織物です。

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トルクメン族の婚礼用の駱駝飾りアスマリク(パイル)
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トルクメン族の婚礼用の駱駝飾りアスマリク(刺繍)

首には布製の首飾り、膝にはアスマリクを縮小したような形状の五角形の膝当てがつけられます。
トルクメンの代表的な支族(テケ、ヨムート、エルサリなど)によってデザイン構成が違いますが、白地のアスマリクは少ないため貴重なコレクションアイテムになっています。

②馬の背当て(ジュルアスブ)・・・馬の鞍を外した際に馬の背中に掛けられる背当て。
凹型の形状をした主に馬の背中に掛けられる特別な毛織物です。クルド、トルクメン、カシュガイ、シャーセバン族など多くの遊牧民はスマック織綴織、紋織、縫い取り織など様々な技法を用いた装飾性の高い馬の背当てを織っています。
また中央アジアの遊牧民ラカイ族などは全面刺繍による背当ても見られます。コーカサスやシャーセバン族のスマック織、セネ地方の綴織(クルド系)、カシュガイ族の縫い取り織+部分パイルなどに特に美しいものが多く、希少性も高いためコレクションも進んでいます。

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世界的に評価の高いシャーセバン族のホースカバー

ドイル人コレクターのKarl Claus氏はホースカバーだけを集めた本も出版していますが、その中にはパジリク絨毯をはじめ、エジプト、メソポタミア、古代イランなど、かなり昔からホースカバーを身につけた馬が表現されているとしています。
その本の中にはチベットのホースカバー、日本の筒書きの馬の腹帯なども紹介されています。遊牧民や騎馬民族の減少によって年々貴重になる馬の背当て(ジュルアスブ)です。

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タイマニ族のフェルト製の馬の鞍座布団

③馬やラクダの顔飾り(ネックレス)・・・婚礼やお祭りなどのハレの日に動物を飾るための様々な飾り類。
常に家畜である動物と生活を共にする遊牧民文化においては、馬の背当てとは別に、鞍専用の座布団や首飾り頭飾りなども存在しています。
婚礼や儀礼の際に動物を飾る行いは世界的にも共通するようで、日本でも岩手県に「チャグチャグ馬っこ」と呼ばれる馬への感謝の気持ちを表す伝統行事があります。
遊牧民達も日頃から動物を頼りにした生活を行っているので、感謝の気持ちをこめたお飾りがあると思われます。
ラクダや馬、ロバなどの首飾り、顔飾り、背飾りの他、選ばれた雄羊(胤羊)の頭に着けられる冠のような装飾もあります。またチベットでもヤクや馬の頭に着けられる動物の顔を模したユニークな毛織物が存在しています。

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バルーチ族のラクダのネックレス
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タイマニ族のラクダのネックレス

トライバルラグには様々な機能を持つ織物が存在しています。厳しい遊牧生活を営む欠かせない道具としての機能と美しさを併せ持つ敷物、掛け布、袋物、紐類、動物飾りなどを紹介しましたが、
道具としての毛織物(トライバルラグ)はどれも激しい労働に耐えられる強靭さと装飾性を合わせ持っています。どれもが遊牧民達のセンスとスピリットを感じられる道具です。
以上で「〜道具としての毛織物〜」は終了します。次回からは毛織物の素材についてをご紹介したいと思っています。
引き続きよろしくお願いいたします。

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トルクメン族の雄羊の頭飾り
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チベットのヤクの頭飾り

*カード織り=タブレットウィービング=card weaving
カード織りはカードの穴にタテ糸を通し、カードを回転させて紐や帯を織る技法です。遊牧民の間では細幅のテントベルトなどによく使われる技法ですが、紀元前から行われていたと云われています。
ヨーロッパではタブレット・ウィービングtablet weaving、アメリカではカード・ウィービングcard weavingと呼ばれています。

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ラジャスタンのラクダのデコレーション

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参考ブログ:
じゅうたんの教科書 第二章 絨毯の基礎知識 〜道具としての毛織物1〜 「しく」
じゅうたんの教科書 第二章 絨毯の基礎知識 〜道具としての毛織物2〜「かける」
じゅうたんの教科書 第二章 絨毯の基礎知識 〜道具としての毛織物3〜 「いれる」
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