祇園祭のインド絨毯「絨毯が結ぶ世界」鎌田由美子著 ①

Posted by tribe on 2017年7月22日

暑い夏がやって来ました。この季節になると思い出されるのは祇園祭と絨毯です。
御祭り自体は10世紀から、メインイベントとなる山鉾巡行は14世紀から現在まで続いています。
この季節になると、絨毯や染織好きにとっては心がざわついてきます。
以前にこのブログでも3回に分けて祇園祭の縣装品である様々な絨毯を紹介してきました。
そこで紹介してきた絨毯について、いくつか修正しなければならない事実がでてきました。日本では、初めてとも言える本格的な絨毯研究書が発行され、その中身は祇園祭の絨毯についてのこれまでの定説をくつがえす刺激的な研究調査です。

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『絨毯が結ぶ世界』〜京都祇園祭インド絨毯への道〜鎌田由美子著

『絨毯が結ぶ世界』〜京都祇園祭インド絨毯への道〜鎌田由美子著

世界的にはオリエントの絨毯に関する研究書は星の数ほど出版され、絨毯関連の書籍をあつかう専門の書店だけでも6件ほど、専門の雑誌もイギリス、ドイツ、イタリア、などで世界各地で発行されています。ただし、そのほとんどはイラン、コーカサス、中央アジア、トルコ、アフガニスタンなどで、インド絨毯についての紹介は少なく、さらにはインドでも南部のデカン地方の絨毯製作につては極めて貴重な研究調査といえるでしょう。
さらに16~17世紀にピークを迎える、インド南部のデカン産絨毯の状態の良いものの多くが祇園祭、徳川、遠山美術家に保管されていることは、この本の出版にあたっても意味深いもので、世界の絨毯研究学会にも新しい発見をもたらしたのではないでしょうか?。

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この本にカバーになっている(北インド)の絨毯 徳川美術館

本文370ページ、索引、参考文献、注釈など125ページ、カラー図版188点という圧倒的なボリュームから構成されています。
ただ、この本の最大の魅力は、これまでの世界的権威とされるメトロポリタン博物館のキュレーター、絨毯研究者、歴史を重んじる京都の染織品の研究者達に対して、最新の丹念な研究調査から導きだされた新事実を提案したことです。

このブログでも何度か紹介してきた、祇園祭の絨毯=北インドムガル産というこれまでの定説に対して、縣装品はもとより、世界各地に保存されているインド産と分類されている絨毯群をくまなく調べ、タテ、ヨコ糸の組織分析、ノット数の比較、特有の文様や細部のパターンの特徴などから繰り返し、詳細な分析、検証が行われています。昨年の12月に出版されたばかりですが、時間をかけてよむ程に絨毯の奥深さ、学問としても尽きない魅力を再発見させてくれました。

絨毯分類の基本とは?

この本の内容は多岐に渡るので、とても一回では紹介できませんが、今回は絨毯の分類ということにテーマを絞って紹介したいと思います。東京大学東洋文化研究所附属東洋学研究情報センター報 「明日の東洋学」に掲載された著者鎌田由美子氏による絨毯の研究方法との可能性という論文からの引用になりますが、これまでにあまりなかった絨毯の分類方法が詳しく解説されています。

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ヨハネス ・フェルメール「水差しを持つ女」1664-1665年 メトロポリタン美術館

①絵画資料を編年に用いる方法。
②絨毯の組織(織の構造)や材質、染料分析を手掛かりに産地を特定する方法。
③財産目録や貿易資料などから産地や流通経路を特定する方法。
④現地の美術伝統や工芸品と比較する方法など。

今回の著書「絨毯が結ぶ世界」 〜京都祇園祭インド絨毯への道〜においても上の4つの方法で世界各地に点在するデカン産と思われる絨毯群を丁寧に解明してしています。
調査対象が300年を越える貴重なものだけに、資料だけでなく、実物の絨毯に触れ糸の組織や構造を知るには相当な労力と時間がかかったと思われます。
以前に祇園祭の絨毯を祭り以外の時期に見せてもらいたいとアプローチしたことがありましたが、一般人にはなかなか難しかった思い出があります。
また絨毯の分析を行なう上では、文様やデザインに頼ることは問題が生じやすく(写真が画像などでも判断可能な)、できるだけ実物を見てパイルの構造やタテ糸の素材、組織、できれば染料の由来などを、総合的な材料として判断することが望ましいと思います。評価の高いデザインや意匠は、真似されることが普通に行なわれてしまうからです。

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おそらく南インドデカン産と分類される祇園祭長刀鉾の絨毯 17~18世紀

知られざる南インド産デカン絨毯

インド絨毯ではこれまでにラホールに代表されるムガル絨毯(北インド)の絨毯の研究が圧倒的に多く、今回の本で紹介されている南インドのデカン産絨毯についての調査研究はあまりされてこなかったようです。
インド絨毯の研究者の第一人者であるSteve Coen氏は、デカンの染織品に注目し1986年に論文を発表し、その後1986年から1991年にかけて日米の研究者による祇園祭の山鉾縣装品の合同調査でわかった内容が『祇園祭山鉾縣装品調査報告書』に報告されています。

その影響があってか、1994年には大阪の民族学博物館で、シルクロードの華『絨毯展』当時の民博教授杉村棟氏の監修で行なわれました。この際に展示された絨毯の何枚かはインド産(ラホール)とされていて、個人的にはその際に始めて祇園祭の縣装品に絨毯が掛けられていることを知りました。この展示会と図録は当時バブル時代の商業主義的絨毯紹介のなかでは初の学術的内容で、特に日本にあった貴重な絨毯群とその入手経路が江戸期の商人達に「寄進帳」という貴著な資料とともに残っていたという事実でした。

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南観音山の寄進帳(1724年)

その後メトロポリタン美術館で1997年から1998年にかけて開催された『足元の華ームガル朝時代のインド絨毯』という大規模な展示があり、同時に出版された『Flower Underfoot』D.Walker氏などによって、祇園祭の絨毯群が「京都グループ」として紹介されました。

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『Flowers Underfoot』 メトロポリタン美術館のカタログ

著者もこのような研究の積み重ねがあってもインド絨毯の分類は難しく、ペルシャ絨毯(イスファハン)、北インド(ラホール周辺)と南インド(デカン)の違いを客観的に説明するのは不可能に近いとしています。しかしながら、ごく最近に分析されたデカン産と思われる絨毯も含め、様々な角度から検証することで絨毯産地の解明を試みていることに、今後も注目して行きたいです。(続く)

次回は具体的な北インド(ラホール)絨毯と南インド(デカン)絨毯の違いを検証してみたいと思っています。

参考サイト: 今年は幻の絨毯は見られるか? 動く美術館・祇園祭の縣装品
今年は幻の絨毯は見られるか? 動く美術館・祇園祭の縣装品とはvol.2
今年は幻の絨毯は見られるか? 動く美術館・祇園祭の縣装品とはvol.3

参考文献:
絨毯が結ぶ世界〜京都祇園祭インド絨毯への道〜 鎌田由美子著 
『絨毯』〜シルクロードの華〜 杉村 棟監修
「明日の東洋学 」 東洋学研究情報センター編

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オックスフォード大学で「絨毯学」を立ち上げたJon T.教授の本を読み解くには?