絨毯もよう千夜一夜7. モチーフ図鑑3.(植物=ボタニカル)

Posted by tribe on 2020年9月17日

少し間が空きましたが、モチーフについての3回目です。

しばらく前に書いたブログ(自然の中の人間)に「植物」の存在が我々人間に対してどれほど大切なのか書きました。
欧州の多くの世界創造神話や「聖書」に、人間は最も優れた動物であり生物界の頂点にあると教えが説かれています。
特に一神教的な世界感では「人間第一主義」がもてはやされてきたように思います。
その思考では植物は動物、魚、鳥、昆虫などよりも低い存在と考えられていたようです。その理由は自ら「動かない」ということが原因で、鉱物に近いと考えられる節もあったようです。

ところが植物は動けないからこそ、独自の「社会」を築き、地球環境に最大限に適応し、繁栄してきた生命体と言えるそうです。
ただ成長の動きが遅いので、先を急ぐ人間にはそれに気づきにくいのだそうです。

 

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植物モチーフを多用したウィリアムモリスのデザイン

植物は太陽光から光合成によって成長する自己養生生物であり、大気の中の二酸化炭素を減少させ外気温を低く保ってくれます。同時に地上に降った水分を、根を通じて地中に誘導し水分の蒸発を防いでいるのです。
実際に植物は、地球上に「空気」と「水」という生物に必要不可欠なエレメントを提供してくれているのです。

私達の生活に欠かせない植物は、古くからさまざまな手仕事のモチーフとして表現されて来ました。

世界各地で表現されてきた植物文様には、共通する願いが込められているようです。
1.樹木・・大樹や生命の樹などの「聖樹=生命の樹」に対する信仰。
<生命力・長生き>
2.果実・・ザクロに代表されるたくさんの「種子」ができる果実に対する願い。
<子孫繁栄・多産>
3.花・・春に一斉に咲く、花に対する「美」と「生命循環」のへ憧れ。
<幸福・再生>

◆2.植物文様(ボタニカルモチーフ)◆

●灌木 ∵ (オアシス 豊かさ)

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灌木を文様化したと言われるボテ文様

イランやインドなどのアーリア系民族の好む「ボテもしくはブティ」と呼ばれる灌木は、欧米のペーズリーのルーツです。
日本では「毱果紋」と呼ばれたりしますが、あまり聞いたことのない名前です。
1000年以上も前にシルクロードを通って東西に運ばれ、奈良の正倉院に収められている「ペルシャ(ソグド)錦」の生地にもこのモチーフが登場します。
糸杉の先端がかしいだ形だとか、風にゆらぐ花束を見立てた形だとか言われていますが、日本で「毱果」と呼ばれる理由は松ぼっくりや果物の形に似ているのが由来のようです。

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中央アジアの土漠に広がる灌木

現代ではスコットランド由来の「ペーズリー文様」の方が馴染み深い呼び名かと思います。
本来植物文様には「豊かさ」や「幸福」を象徴していることが多いと言われていますが、厳しい環境の砂漠地帯では背の低い灌木にも、生命力や野の花の美しさを大切にする感受性が現れているように感じます。

●糸杉 ⁂ (再生 魔除)

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さまざまな手仕事に表現される糸杉モチーフ

乾燥地帯の荒野に凛としたフォルムでそびえたつ持つ糸杉は、古くから愛されてきたモチーフのひとつです。
地中海沿岸地域で特に良く見られる常緑針葉樹ですが、イランでは特に好まれ、さまざまな手仕事に表現されてきました。
絨毯、更紗、刺繍布などにはもちろん、「詩」の中の比喩としても登場します。
周りに何もない風景の中、空に向かって真っ直ぐにそびえ立つ姿は、不滅の繁栄や永遠の命を表す象徴とも言われているそうです。
イランにはこの糸杉の頭が風に揺れてかしがる様子がボテ(ペーズリー)の元型になったという説も残っています。

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イラン人に愛される糸杉は多くの絨毯に表解されるモチーフ

中央にどっしり構えた糸杉文様の絨毯や更紗には、強い生命力も感じます。
先端が尖っているため、いくつか並べることで、ギザギザの魔除的意味合いも含まれます。

●ザクロ ∂ (豊穣 多産)

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アナルグリ文様と呼ばれる典型的なウイグル絨毯

中央アジア〜西アジアにかけての乾燥地帯で好まれる果実、石榴(ザクロ)も様々なモチーフに姿を変えて登場します。
一目見てもザクロとわかるモチーフが連続して表現されるのが、現在の中国西域のウイグル族による絨毯です。
ペルシャ語やウイグル語で「アナルまたはアナール」と呼ばれますが、花「ゴルまたはグリ」と結びついてアナルグリ文様としてウイグル絨毯を代表する文様になっています。
たくさん詰まった中の種まで表現しているのも特徴のひとつです。
その他にもウズベク族の絣文様やスザニ刺繍布にも良く表現されますが、中に種子を持つ果肉の粒がたくさんあることから、多産、豊穣、子孫繁栄を願った文様でシルクロード各地で縁起の良いモチーフとして親しまれてきました。

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中央アジアの華タシケントスザニのザクロ文様

美味な果実は味だけでなく、胃腸薬、扁桃腺、口内炎の薬として、外皮は染料としても利用される人間にとってとても有益な果実でもあるようです。
実や皮が真っ赤なので、赤く染まると思いがちですが、実際には落ち着いた黄色に染まります。

●芥子 § (神秘性 幸福)

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中央アジアのトルクメン絨毯に表現される芥子文様

トルクメン族の洗練されたデザインの絨毯のひとつであるべシールと呼ばれる絨毯のボーダー(周り縁)のモチーフは、中央アジアの草原に咲く「芥子」の花と阿片の原料となる花弁が落ちた後のケシ坊主(果実)が、デザインに取り込まれているという説があります。
戦争が起きる程の危険な効果を持つ麻薬として世界各地の歴史にも刻まれている芥子ですが、東南アジアのタイ、ラオス、ミャンマーの国境付近のゴールデントライアングル(黄金の三角地帯)やイラン、アフガニスタン、パキスタンのゴールデンクレッセント(黄金の三日月地帯)は、古くからの芥子の産地で、山岳民族や先住部族では芥子は生活に欠かせない植物であったことでしょう。

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アムダリア川流域のべシール呼ばれるトルクメン絨毯のモチーフ

依存性の高い麻薬の原料となる危険な植物でもある反面、精神に無限の幸福感と芸術的感受性をもたらすことも知られています。
インドシナを代表する山岳民族であるミャオ族の民族衣装やアフガニスタンの遊牧民パシュトゥーン族の超緻密な刺繍などにも、その影響が見られます。

●チューリップ † (気高さ 神聖)

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トルクメン族のチルピィと呼ばれるヴェール(被衣)

イランでは「ラーレ」と呼ばれるチューリップですが、その原種は中央アジア〜西南アジアにあると言われています。
チューリップ文様として真っ先に思い出すのは、「チルピィ」として知られるトルクメン族のコート(被衣)です。クルテと呼ばれる上着の裾、袖にもチューリップ文様が刺繍されていますが飾り袖のついた頭から被るコートには、全体にチューリップの文様が施されています。
日本の東北にも被衣(かつぎ)と呼ばれる覆い布がありますが、アジア各地の民俗文化の中に未婚の女性は、顔や髪の毛を他人にはあまり見せない伝統があるようです。
砂漠と草原が広がる中央アジアでは一瞬の春に咲く、チューリップや芥子の赤い花は、生命力に溢れ、豊穣の象徴ともされて来ました。

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黒・黄色・白地によって階級や身分を表すトルクメン族のチルピィ

12世紀のチュルク系民族の大移動によって建設されたセルジュク朝トルコやその後のオスマン朝トルコでもたいへん人気のあったモチーフです。
カフタンと呼ばれるスルタン(王族)の衣装にも度々登場しますが、「ラーレ」をアラビア語表記にし、文字を並べ直すと「アラー」のスペルになるそうです。

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パキスタンのクエッタ近郊の野生のチューリップ

そのためイスラム教を信じる人々の間でもチューリップは神聖な花として好まれました。
様々な形に様式化され民族衣装やテキスタイル、絨毯の文様として表現されてきた中央アジアに期限を持つモチーフです。

 

●アカンサス ∬ (神聖 生命力)

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ウィリアム・モリスが好んだ植物デザインのアカンサス

アカンサスの日本名は「葉アザミ」と呼ばれますが、大きくダイナミックな形の葉が特徴的な植物です。アーツアンドクラフツ運動で有名なウィリアム・モリスが好んで表現したモチーフのひとつですが、紀元前の古代ギリシャの装飾として発達したと言われています。
ヨーロッパでは古典的なモチーフとして建築、絵画、数々のオーナメントとして登場しています。アカンサスの伸びやかな葉をデザイン化して表現したものは、ヨーロッパでは特に建築装飾として親しまれていますが、オリエンタルラグのデザインにも時々取り込まれています。
この植物の魅力は豊かな幅広の葉と、鋸歯状に美しく割れた葉の輪郭にあり、生命の成長や豊かに反映する自然のシンボルとして好まれたモチーフです。

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ヨーロッパを代表する建築物の装飾にも表現されるアカンサス

●薔薇 * (美 高貴さ)

イランを中心とする西アジア〜旧東欧圏までの広い地域で「花」といえばバラを指し示し、ペルシャ語の花の名前とバラの名前は同じ「ゴル」です。
絨毯にもたくさんのバラモチーフが表現されていますが、ゴージャスで気高さを象徴するモチーフとされています。
古典的な絨毯にもデザイン化されたバラはたくさん表現されてきましたが。近代の傑出したペルシャ絨毯デザイナーの一人、コムのラジャビアン氏の薔薇デザインは有名です。
特に赤い薔薇は魔除けを意味する地域もあり、美と力をあわせ持つモチーフとして民族衣装や絨毯に表現されています。

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近代ペルシャ絨毯の巨匠ラジャビアン氏の薔薇文様絨毯

次回は動物モチーフの予定です。

<参考文献>:「世界の服飾文様図鑑」文化服飾博物館 吉村紅花・村上佳代他著
「装飾の神話学」鶴岡真弓著 
ウイグル絨毯文様孝 杉山徳太郎著
TRibal & Village Rugs.by Peter F.Stone
THE ORIENTAL RUG LEXICON .by Peter F.Stone

 

<参考サイト>:
tribe-log.com じゅうたん模様千一夜4. 伝統絨毯に使われる文様世界2.vol.4
tribe-log.com じゅうたん模様千一夜1.トライバルラグのモチーフ2.vol.3
tribe-log.com じゅうたん模様千一夜2.絨毯に良く使われる文様世界1.vol2.
tribe-log.com じゅうたん模様千一夜1.トライバルラグのモチーフ1.vol.1
tribe-log.com ☁️ホラサーンで見たクラウドバンド(雲龍)vol1.
tribe-log.com ✨星座とシンクロする絨毯文様 クラウドバンドべシールvol2.
tribe-log.com 止まった資本主義? (自然の中の人間)アフターコロナを考える2.

  

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