抜群のセンスとテクニックを持つ 、「不思議なバルーチ!」
Posted by tribe on 2015年5月20日
このところネットショップやアンティーク家具のお店などでトライバルラグ(部族絨毯)を扱うふえているようです。そんなショップを見ているとバルーチ系のラグやキリムが多く見られます。その理由として現地での生産量が比較的多く、価格もこなれていることなどが上げられるのではないかと思います。
皆さんの中でもネットショップで購入したラグが偶然バルーチ族の織ったものだったということがあるのではないでしょうか?
シックな色彩で色数が少ないことなどが、渋好みの日本人の感性にあうのかもしれません。バルーチ族の毛織物はトライバルラグのなかでもそうとに幅が広く、奥が深いラグ&キリムです。このブログではとらえどころのないバルーチラグをもう少しわかりやすく、親しみがもてるように何回かに分けて紹介してゆきたいと思っています。
民族の個性あふれるバルーチ族の毛織物
【3つの地域に分かれるバルーチ系遊牧民】
とらえどころのないバルーチ族ですが、大まかな特徴を地域別に分けてみると
1.イラン南東部からアフガニスタン北西部(ホラサーン州)
2.イラン南東部〜アフガニスタン南西部(シスターン州〜ファラー州)
3.パキスタン西部の(バローチスタン州)
の地域に分類できるかもしれません。
乾燥地帯とオアシス都市を移動しながら現在でも遊牧生活を続けるのがバルーチ族です。現在はそれぞれの地域の村に定住している人達がほとんどで現在市場に出てくる絨毯の多くは定住したバルーチ系の人々によって織られるものがほとんどです。
民族的なルーツとしては、シリア周辺に住むアラブ系ではないかと言われています。移動を続けながらクルド族などとも交流し、幾つかの氏族集団に分裂と統合を繰り返しながら、現在のバルーチ族を形成していると考えられています。欧米でもバルーチ関連諸部族(Baluch related tribe)として分類している本や研究者も多いようです。
和光大学でバルーチ(バローチ)族の民俗を研究されている村山和之氏によれば、自らをバローチと宣言することでバローチ族の一員になれるそうです。
同じバルーチ族でもホラサーン・シスターン・バローチスタンではそのキリムやラグには違いがあり、作られる技法なども微妙に違っています。
またアフガン南部〜パキスタン西部に暮らすブラーフィー族もバルーチ族として分類されることが多いのですが、言語的にはペルシア〜クルド語系のバルーチに対してドラビタ語系のブラーフィー族はその源流に違いがあるかもしれません。このあたりは今後もこのブログで紹介してゆきたいと考えています。
(*イランではバルーチと聞こえますが、パキスタンではバローチと聴こえます。)
様々な技法を駆使する抜群のテクニック
綴織、紋織り、縫い取り織り、絨毯(結び)など縦糸と緯糸(横糸)を様々な技法を駆使しながら、幾何学文様の織り出すバルーチ族ですが、遊牧系部族たちはそれぞれに得意とするの技法を持っています。例えばトルクメン族はパイル(絨毯)シャーセバン族は(スマック織り)クルド族ははジジム(縫い取り織り)等々・・・。
多様な技術を一枚の毛織物に織り込んでゆくのがバルーチ族の技法的な特徴といえるでしょう。遊牧民は一般的に原始的な織り機での作業となるため、タテ糸とヨコ糸のウィーブバランス(織りの構造)を熟知していることが求められます。そうでないと歪んだり、台形のような使いにくい織物になってしまう可能性がああるからです。卓越した織りの技術とセンスを持つのがバルーチ族の織り物の特徴といえるでしょう。
暗闇に光るダイヤモンドとたたえられる色彩感覚
トルコ系遊牧民の毛織物がカラフルでメリハリのある明るい配色なのに対して、乾燥地帯に住むバルーチ族の毛織物はひと目で違いがわかるほど、濃い色を組み合わせたのシックな色調です。生成りをアクセントとして入れ込むのも特徴のひとつですが、濃紺に臙脂、黒にこげ茶など、暗めの色が全体を占めています。濃い色と白色の彩度のメリハリがはっきりするので、独特の幾何学文様がくっきり浮かび上がって見えてきます。太陽の光で見ると暗めの地色に白い部分が浮かび上がり、「暗闇に光る宝石」と喩える愛好家もいるほどです。
遊牧民に魅せられ、現地の遊牧民を訪ね歩いた松島きよえさんは「日差しの強いバローチスタンの荒野では天幕のなかでは暗い色は目を休める」と記しています。〜中近東の染織品 松濤美術館図録より〜
多くの遊牧系部族の女性たちは、手先が器用で味わい深い毛織物を織り上げますが、特にバルーチ族の女性達の手仕事は優れていると評価されています。その理由のひとつは、バルーチ族の女性達は自分で織った毛織物を嫁入り道具として持って嫁ぐ週間があるからなのでしょうか?
ラグやキリムなどの敷物、ソフレと呼ばれる食卓布、塩入袋、家畜の鞍掛け袋(サドルバック)など、遊牧生活に欠かせない毛織物を織る技術が、母から子へと伝えられ、織られた道具は何世代にも渡って使い込まれてゆきます。それらは自らが使用するだけではなく、バザールへ持ち込まれ物々交換されたり、現金収入としても大切なモノとしての価値も併せ持っているのです。
生活の中から生まれる用の美
子から孫へと受け継がれてゆく道具としての毛織物には、草もまばらな荒地を移動してきたバルーチ族の生活の知恵が随所に見られます。例えば袋物の開口部に山羊の毛が使われるのは、砂漠に生息する毒蛇が山羊の毛を嫌い、中に入り込まないようにするためのようです。同じ理由から敷物の縁にも山羊の毛が使われます。
塩入れ袋の口の部分がくびれて細くなっているのは、塩分を欲しがる草食動物に塩を舐められないための工夫からだとも言われています。また主食のナン(パン)を包む布や食べ物を載せるソフレ(食卓布)には、ラクダの毛が染ずに使われています。ラクダの毛が撥水性と保温性の両方に優れているからです。
バルーチ族の人々は、長い遊牧生活の間に身についた生活の知恵と技術を生かして、今なお遊牧生活を送る数少ない遊牧系部族の一つです。
バルーチ族に魅せられた人々
世界各地にもバルーチ族の毛織物の魅せられた人々は多く、そんななかの一人が、このブログでも紹介した「BELOUCH PRAYER RUGS」の著者でもあるドイツ人のトライバルラグディラーのMichael Craycraft 氏ですが、先週はじめに突然の訃報が届きました。親しみをこめておじさんと呼ぶのがふさわしい、味のある人柄だったようです。
トライバルラグ好きの友人が自身のブログで、彼に対して素敵なコメントを寄せています。
トライバル・ラグに出会って、おじさんの人生は決まったんだよね。
それまで評価の低かったバルーチ絨毯に、こんなに素晴らしいものがあるんだって、アフガニスタンやイランから、どんどん宝物が発掘されてくる。
もう、毎日が驚きで、新鮮で、うれしくて。
それを他の人にも、「どうだい、こんな美しい絨毯を見たことがあるかい」って、知らせたくて。
それでそのまま絨毯屋になっちゃった。
* * *
人生は一度っきり。
つらいことも多い。
でも、そのなかで、自分にぴったりの、大好きなものに出会えたら、人生は素敵だ。
個人的にも好きな部族やモノがとても似ていて、不思議な親しみを感じていたのですが・・・。
心よりご冥福をお祈りいたします。