絨毯もよう千夜一夜6. モチーフ図鑑(自然)2.

Posted by tribe on 2020年9月5日

前回の私たちを取り巻く「大自然」の恵と畏れを表す自然にまつわる文様の続きです。前回同様具体的な自然や自然現象を文様化して形に表したモチーフについてです。

しばらくはモチーフにスポットを当てますが、その次は独立したモチーフが繰り返されることで生み出される、パターンを取り上げたいと思っています。
繰り返すことで見る者に精神的な安らぎをもたらす、パターンの意味するところも合わせて考察していきたいです。
さらにパターンを組み合わせることで完成されていく、絨毯全体の「デザイン」の分類に繋がればと考えています。

まずはモチーフ〜パターン〜デザインへの移行と、それぞれの意味や特徴を紹介できればと思います。

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オスマントルコ時代に洗練されたクラウドバンドが織り込まれた絨毯

大自然のモチーフの続き(その2)

◇雲 ☁︎ キーワード(雨の兆し、変化)

ペルシャ語で「アブル」と呼ばれる雲は、様々に変貌を遂げる天井の神秘として古くからさまざまな手仕事に表現されてきました。
このブログでも何回かに分けて紹介した雲龍文様(クラウドバンド)はその典型的モチーフの一つですが、ウズベク族の好む絣布(アトラス)も実に多様に形を変えながら雲文様が表現されています。
以前のブログでも紹介したトルクメン族のべシールと呼ばれる絨毯にも不思議な形の雲龍文様が登場しました。

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ウズベキスタンの絹絣のシャルワールと呼ばれるズボン

その他にも絨毯には特にボーダー部分にクラウドバンド(雲龍文様)と呼ばれる雲をデザイン化したモチーフが使われています。
この雲龍文様はオスマントルコ時代の絨毯群に良く表現されていますが、長い伝統の中で巧みに文様化された雲が周りを取り囲むデザインがみられ高い評価を得ています。
またコーカサス南部に位置する伝統的産地であるカラバグ地方にも、クラウドバンドメダリオンと呼ばれる雲をデザイン化したモチーフがあります。
世界的にはChondzoresk Kazakと呼ばれますが、コーカサス絨毯を代表するデザインの一つです。

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南コーカサスのカラバグ周辺のクラウドバンドメダリオン文様

トルクメン族の代表的デザインの一つである、ギュル文様との関係が注目される、中国清長時代のCloud coller(雲襟)と呼ばれる民族衣装の襟部分もユニークな雲型モチーフの一つです。

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Cloud coller(雲襟)と呼ばれる清朝時代の民族衣装の襟部分

「雲文様」は中国が起源という説があり、古代中国で雲は万物の根源である「気」と考えれれていて、吉祥を表す瑞雲文様が盛んに使われていました。
ココシャネルがコレクションしたことでも知られる、甘粛、寧夏、包頭などの中国西域地方の絨毯にもCloud lattice(雲格子文様)と呼ばれるパターンがあります。

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甘粛省の寧夏周辺で織られる藍と生成りの質の高い絨毯

青海省〜チベット高地に至る高原地帯にも羊を飼う遊牧民が暮らしていますが、標高の高い高原地帯で育った質の良い羊毛を使った絨毯は、世界的にも高い評価を得ています。
この地域の絨毯にもチベット仏教の影響を受けた吉祥文様が織られていますが、経典、法螺貝、楽器、巻物などの吉祥品を包み込むような雲型の文様がみられます。
他にも雄羊の角のように表現されたり、キノコの一種である霊芝に似ているので喩えられることもありますが、一瞬のうちに形を変えて変化する雲文様には自由さが感じられます。

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ココシャネルがコレクションした中国西域の絨毯

空や天井の雲に関係する雲文様は、古くから広い地域の絨毯モチーフとして表現されてきました。雲や龍が布置された絨毯が「空飛ぶ絨毯」と関係があるかもしれないと思うのは飛躍しすぎでしょうか?
今後も想像の翼を広げて行きたいと思っています。

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4つの吉祥文様が波雲と共に織り込まれた寧夏絨毯

◇波 〰 キーワード(海、清らかさ)

ペルシャ語ではモジェと呼ばれる「波」も多くの毛織物や民族染織に表現されるモチーフの一つです。
実はイラン南部のカシュガイ族やバフティヤリー遊牧民の道具に、その名もズバリ「モジェ」(波)と呼ばれるが毛織物あります。

イラン南部カシュガイ族のモジェ(波)と呼ばれる毛織物

大型のブランケット、テント内の寝具隠し、移動の際の動物の荷物カヴァーとしても使われるモジェ(波)ですが、これには二重に波という意味が隠されています。
その一つは見ためがそのままの波文様デザインになっていることです。
もう一つは近くで見ないと解りにくいのですが、技法の織出しが波のような独特の模様を形成しています。日本では杉綾織とも言われますが織目が繰り返す波のように綾をなしています。
どちらがこの織物の名前の由来かはいつか確かめてみたいことの一つです。

バフティヤリー族の同じ目的の大型の掛け布の部分

繰り返す波のイメージは豊かな水の潤いや、平穏無事な暮らしが繰り返されることを願うとも言われているそうです。
さまざまなキリムや絨毯のボーダー(周り縁)部分には、繰り返す波のようなパターンがあります。
この文様はランニングドッグ(走る犬)モチーフやヴィトルヴィアスクロールなどと呼ばれることがありますが、コーカサス絨毯や遊牧民のトライバルラグのボーダーに良く見られる鉤形の入子文様です。
このモチーフの発症にもさまざまな説があるようですが、ランニングドッグという呼び方の由来は良くわかっていないようです。
ヴィトルヴィアスクロールはギリシャやローマ時代の建築のモールなどに使われる構造物ですが、似たような波状の繰り返される形状が似ています。

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絨毯やキリムの典型的なボーダーに使われるランニングドッグ文様(中央)

話は飛びますが、コーカサス絨毯で有名なアゼルバイジャン地方に数年前にできた絨毯博物館の建物の造詣がまさにチューブを巻く波のような形でした。
これには賛否両論あったようですが、ユニークな形なので一度は実物を見てみたいものです。

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アゼルバイジャンのバクーある絨毯博物館

波形には周波数や振動を表し、外からの入り込む悪い波動を跳ね返すという意味もあるとも言われていますが、世界各地の染織品に共通して表現されています。
その一つは、「八宝立水文」と呼ばれる中国の波間に浮かぶ八つの宝(法螺貝、法輪、宝傘、宝蓋、蓮華、宝瓶、魚、盤長)などの、仏教説話に基づいた吉祥文様です。
これは雲とも関係が深いですが、清代の宮廷用儀式服(龍袍=ロンパオ)に見られます。波は海を、岩は山を表し、二つ合わせて山河=国家を統一するという意味が込められているそうです。

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中国清王朝時代の皇帝の龍袍(ロンパオ)と呼ばれる衣装

この波と岩のモチーフはチベタンラグや寧夏などの絨毯にも時々登場しますが、昔から幸運を呼び込む文様と信じられているようです。

日本の着物でも「波に鶴」の組み合わせは縁起の良い組み合わせで、吉慶が訪れる兆しとも言われています。
漁師が大量を願って着用する「万祝」と呼ばれる着物も波に魚が組み合わされてますが、大漁を願う「大漁旗」も繰り返す波文様が描かれています。

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白浜海洋美術館所蔵の万祝と呼ばれる漁師の着物

<写真引用>:海の工芸美術 白浜海洋美術館
THE ORIENTAL RUG LEXICON.by Peter F.Stone

<参考文献>:「世界の服飾文様図鑑」文化服飾博物館 吉村紅花・村上佳代他著
TRibal & Village Rugs.by Peter F.Stone
THE ORIENTAL RUG LEXICON .by Peter F.Stone

 

<参考サイト>:
tribe-log.com じゅうたん模様千一夜4. 伝統絨毯に使われる文様世界2.vol.4
tribe-log.com じゅうたん模様千一夜1.トライバルラグのモチーフ2.vol.3
tribe-log.com じゅうたん模様千一夜2.絨毯に良く使われる文様世界1.vol2.
tribe-log.com じゅうたん模様千一夜1.トライバルラグのモチーフ1.vol.1
tribe-log.com ☁️ホラサーンで見たクラウドバンド(雲龍)vol1.
tribe-log.com ✨星座とシンクロする絨毯文様 クラウドバンドべシールvol2.
tribe-log.com  民藝とトライバルラグ2  柳宗悦はトライバルラグをどう見ていたのか?

  

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寧夏と思われる皇帝の椅子の背に掛けられる絨毯