遊牧民のセンスが光るサドルバック!トライバルラグを楽しむには。#3

Posted by tribe on 2017年2月16日

少し間があいてしまいましたが、引き続きサドルバックの魅力を紹介したいと思います。前の2回は機能的な特徴や独特の止め口技法などにスポットを当てましたが、今回は魅力あふれるサドルバックのデザインを、部族の伝統的モチーフと織り手の自由な個性を合わせて考察してみたいと思います。

サドルバックは敷物などと違い、そのほとんどが正方形で織られます。イスラム美術の影響を受けたペルシャ絨毯は1×1.6程度の黄金律にそったフォーマットで表現されますが、サドルバックは特大サイズのバフティヤリー族をのぞきほぼ正方形です。

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カシュガイ、バルーチ、アフシャール族のサドルバックモチーフ
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バルーチ、バフティヤリー、ショシュタール、アフシャール族のサドルバックモチーフ

小さな正方形に広がる色彩とデザインの世界

美しいサドルバックを織る部族に、イラク〜イランの国境付近の山岳地帯をテリトリーとするクルド族(サンジャフクルド)とイラン東北ホラサーン〜アフガニスタン〜パキスタンをテリトリーとするバルーチ族がいます。色彩やモチーフは異なりますが、ほぼ正方形のキャンバスに見事なバランスでモチーフを入れこみます。欧米人に圧倒的な人気なのが通称「ジャフ」と呼ばれるクルド族のサドルバックですが、その魅力は色彩のバランスと言えるでしょう。鮮やかなブルー&レッドが基本ですが、そこにグリーンやイエロー、時としてピンクなどをセンスよく組み合わせて独特の世界感を出しています。油絵のような色彩感覚といえるでしょうか。文様は◆型の連続柄の中に動物の頭(アニマルヘッドコラム)が繰り返されるクルド族の得意なモチーフがほとんどです。

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イラン〜イラク〜トルコ山岳地帯サンジャフ地方のクルド族

一方バルーチ族は大きく二つのタイプに分かれます。代表的なのが、中心にバルーチの守護文様ともいえる八芒星(8角☆モチーフ)を置き、それを中心に上下左右対称にパターンが展開するタイプです。これはアフガニスタン側のバルーチによく見られます。もう一つはクルドとも共通した小さいモチーフの連続パターンです。
色彩はどれもバルーチらしいシックな配色ですが、アラブ系バルーチは少し明るめの配色を好むようです。

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ホラサーンバルーチとアラブバルーチのサドルバック表皮

サドルバックを織る部族と家畜の関係

遊牧民の季節の移動は家財道具すべてを運ぶので、大型の袋物が必要になります。何度も紹介しているバフティヤリー族やバルーチ族のように大型のサドルバックを織る部族と別の形の袋物を織る部族があるようです。
例えば緻密なスマック織りで知られるシャーセバン族の移動には、「マフラシュ」と呼ばれる立方体の袋が使われます。世界のコレクターの憧れであるトルクメン族もあまりサドルバックが見られません。それに変る織り物として「ジュワル(チュバル)」と呼ばれる大型の袋物がたくさん織られてきました。先ほど紹介したクルディスタン地方(西側)のクルド族は、たくさんのサドルバックを使いますが、ホラサーン地方(東側)のクルド族はジュワルと呼ばれるタテ長の袋が多く使われています。同じ部族でもどうして違う袋が使われるのか?これは長い間の「謎」でした。

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左からバールリ、シスターン、ホラサーンバルーチ族のサドルバック

マフラシュやジュワル、(チュバル)はペアー(一対=2枚組)で出てくる事が多いのですが、移動の際には大型のラクダのこぶの両側に振り分けて乗せるためのようです。ホラサーンのクルド族やトルクメン族の移動する草原は比較的平坦なのでラクダが活躍しますが、クルディスタンの山岳地帯や4000メールを越えるザクロス山脈を越えるバフティヤリー族は移動にラクダを使うのは難しいようです。想像ですが、移動の際にラクダを使う遊牧民と、馬、ラバ、ロバの遊牧民では作る袋の造形が違うのではないかと思いました。イラン〜アフガニスタンでは大型のひとこぶラクダが多いので、大きなこぶの上に積むにはサドルバックは構造的に向いていないかもしれません。いつかその理由を遊牧民自身から聞いてみたいものです。

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様々な部族のサドルバック

裏面にも個性が際立つサドルバック

民芸関係の講演会で「用の美」としてのサドルバックについてお話をする機会がありました。実物のサドルバックを持参して説明している時に袋の裏面がチラリと見えたのですが、民藝協会の方から、『表より裏の縞が良い!』と突っ込みを入れられた事がありました。バフティヤリー族のアンティークでしたが動物の頭モチーフがびっしり詰まった表面よりシンプルな縞模様の裏面に反応されたのが、いかにも日本人好み!という感じがしました。

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カシュガイ族のサドルバックの表面(左)裏面(右)

手の込んだ手仕事は裏まで美しいものです。サドルバックの裏面も部族や個人の個性がしっかりと発揮されていますが、何故か多くはストライプです。大型のサドルバックを織る、ルル/バフティヤリー族をはじめ、バルーチ族やクルド族なども多くは縞模様です。バルーチ族はストライブの合間に得意の紋織りを入れこんだり、クルドは所々にジジム織りが入れこんであったりもします。高度な織り技術を持つカシュガイ族は、表面にした方が良いかと思われる程緻密で彩りも美しい紋織りが織り込まれていたり、目立たない裏面に綴れ織で見事なパターンが織り込まれていて、織り手の遊び心が感いられます。ちなみに緻密で完成度の高いパイル(絨毯)技術をもつトルクメン族の袋の裏面はほとんどが無地なのも面白いです。

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バフティヤリー族のギャベ風サドルバックの表面(左)と裏面(右)

部族社会の伝統が凝縮されたサドルバックの表面に対して、裏面は織り手の個性が自由に発揮できるキャンバスなのかもしれません。
しっかりした伝統文化に支えられながらも、織り手の自由奔放な個性も楽しめるのが「トライバルラグ」の最大の魅力と言えるでしょう。