センス抜群!目の覚める色彩感覚!「シャーセバン族とスマック織り」
Posted by tribe on 2017年9月11日
もう25年も前になるでしょうか…。初めての買い付けの旅はイランVSイラク戦争末期で店が閉じていて仕入れがもままならず、ほとんど観光旅行のようになってしまったので、今回こそはと意気込んで出かけた時のことです。
イラン東北部のマシャドの絨毯バザールでバルーチ系のラグを選んでいたとき、鮮やかな色彩の毛織物が目に飛び込んできました。いままでに見た事のない配色のストライプで、目が釘付けになってしまいました。絨毯屋の親父さんから、オリジナルの古いジャジムでで、ここではめったに見られない『シャーセバンのアンティーク』だと言われました。
こちらの目の色が変ったのを見逃すはずの無いベテラン絨毯商は、本来は売り物では無いが、もし気に入ったのなら特別に売っても良い、とたたみかけてきます。他のラグの倍以上の価格でしたが、もはやその色彩から目を離すことは出来ませんでした。
それがシャーセバン族との最初の出会いです。
欧米で根強い人気のシャーセバンが再びブレイク中!
ここ数年でかなりの数のシャーセバンコレクションの本が出版されています。このところはオリジナルの古いものを現地で見つけるのはとても難しく、価格もグングン上がっています。その背景として、出版物が出ることで欧米のシャーセバン人気がさらに高まり、オークションの価格も高止まりしていることなども関係していると思います。
過去にもGeorge.Bornet氏の「ギャッベ」コレクションや「The Bread &Salt=塩袋とソフレコレクション」の本が出版された後に、コレクションする人が急増し、現地のマーケットからオリジナルで状態の良いものが消えてしまうという現象が起こっています。バザールやお店などの店頭には出ることは無く、欧米のコレクターところにダイレクトにわたってしまう特別な闇ルートが存在しているのでしょう。
本を出すことでそのコレクション自体の評価が上がり、所有者はさらに得をするという構図が古くから出来上がっているようです。先に紹介した「Rug books」などの書店が継続して成り立っているわけもそのあたりと関係がありそうです。
世界の富豪の「趣味と価値」については経済学者の脇村儀太郎氏が美術品のコレクション的な価値と流通の関係を経済学的な切り口で紹介した興味深い内容になっています。
かつては日本でも祇園祭りに代表される京都の旦那衆達が、競って舶来品のコレクションをする伝統が日本にもあったはずなのですが、今では遠い昔の話です。
宇宙的な文様センスと色彩バランスを持つシャーセヴァンとは?
居住エリア:(北西イランサバラン山地~コーカサス南部)
主な集積地:(アルダビル・サラブ・ザンジャン・サヴェエなど・・)
サブトライブ:(ハムサ、ハシュトルード、モガン、等々)
シャーセバン族は標高2000メートルを越える高原地帯を移動しながら遊牧生活する遊牧系部族です。彼らの遠い先祖は11世紀にこの地に移動して来た中央アジアのオグズ系民族が先祖のようですが、ペルシャ語系のクルド族やタジク族との血縁関係もあるようです。
シャー=王様、セバン=愛するもの、もしくは友人という名前の由来は、15世紀から始まるサファビ朝イランのアッバス1世から信頼を受けたことにあると言われています。そこには、北方ロシアや騎馬民族系の遊牧民からイラン北部を警護する盾として、王朝を支えてきた人々と言う意味も含まれるようです。因みに革命以降のイラン政府は、シャー=王という名称を嫌って、イルセバン(イル=遊牧民)と呼ぶように奨励したそうです。彼らの先祖は中央アジアのオグズ系民族=トルコ系で、移動と定住を繰り返しながら現在の居留地に辿りついたようです。トルコ系部族に共通する鮮やかな色彩感覚と幾何学的な文様感覚は、欧米で高い評価を得ています。
長い間特にヨーロツパではシャーセバン族の織る毛織物を『コーカサス』がオリジンと誤解していた時期がありました。しかし、特にこの20年間でトライバルラグの研究が進み、絨毯研究者、ディーラー、愛好家などによってこの間違いがただされてきています。
シャーセヴァン族の最大の魅力は飛び抜けた色彩感覚と宇宙的なモチーフです。宇宙的とは大げさですが、彼らの織る毛織物のモチーフがあまりにもユニークで、一般の人々にはとても表現できないような飛び抜けたモチーフを創造し、それらを守り続けてきたからです。
とくに動物や鳥などのモチーフは洗練と遊び心が上手く混ざり合い 独特の面白さをかもし出しています。この背景にはイスラムの自然描写の制限があり、それがかえって花や動物などの造形をよりスタイリッシュで想像力に富む表現を引き起こしたといえるのではないでしょうか。
これらの文様美はマフラシュ(布団袋)やサドルバック、掛け布、ホースカバー、塩袋など生活の道具である毛織物に表現され、厳しい遊牧生活の中で日々使用されるものばかりです。
究極の平織り技法スマック
コーカサスやイラン北部のサバラン山周辺の高地を移動するためか、重量のあるパイル織り=絨毯はほとんど織らず、綴れ織りや、堅牢かつアウトラインを美しく表現できるスマック織り技法=sumakを生み出し、長い伝統生活のなかで維持してきました。スマック織りとはイラン北西部〜コーカサス地方をテリトリーとする主にシャーセバン族の袋物や敷物に使用される、タテ糸地にヨコ糸を絡めながら文様を表現する織りの技法の名称です。
イラン北西部〜コーカサス地方を中心に織られるスマックの袋物をだけを集めたJhonWertime著『Sumak Bags』によると、マフラシュやサドルバックなどの袋物はスリットの出来てしまう綴れ織りよりも、軽くいながら頑丈な作りのスマック織りが重宝されたのでないかと述べられたいます。同時にスマック織りが使われるのは、イラン北西部〜コーカサス地方に集中していて、他の地域で使われるケースはあまり無いことから、(南イランのアフシャール族やエルサリトルクメンのパラスなどの一部を除いて)植物学や生態学的などの起源には多くの種が存在するという研究手法と比較して、この地域がスマック織りの起源=オリジンと考えているようです。
確かにこの地域にバリエーション(ジリ織り)などを含めて圧倒的に多く見られる技法です。
布団袋(マフラシュ)に織り込まれた部族性(アイデンティティ)
シャーサバン族はテントの形もユニークです。お椀を逆さまにしたようなドーム型で、フェルト製の屋根と柳の木の枠組みだけのシンプルな形状のテントです。お椀型のテントが高原地域に点在する風景は、どこかの惑星に降立ったような雰囲気です。遊牧民のテント生活は過酷な面も多いのですが、疲れを癒す快眠の得るための気持ちのよい寝具類は大切な所有品です。ところが布団は移動の際には大きくかさばり、テント内でも押入れやクロゼットはないので、置き場にも困ります。そのため移動と収納を兼ねた布団袋(マフラシュ)は必要不可欠で丁寧な手仕事が求められます。
ラクダや大型のラバなどの両側にバランスよく詰まれる立方体の大型袋がシャーセバンのマフラシュ(布団袋)であり、軽くて、堅牢、、文様が目立つ布団袋にスマック織り技法が良く使われます。
大きさはおよそ90x45x45cm程度の立法体ですが、必ずペアーで織られます。移動の際は大型のひとこぶラクダのこぶの両側に振り分けて積まれます。サドルバックとも共通しましが、遠くからでも自分たちの財産だとわかるように部族のアイデンティティがセンス溢れるモチーフと色彩で表現されているようです。袋物の表皮は移動のさいには良く目立つので、女性達にとっても表現の場となっているのではないでしょうか?遊牧民の女性達は一目見れば織った人のセンスや技術がどの程度だか、すぐに判ってしまうようです。
お互いが刺激し合うことも、さらに美しい織り物が出来上がっててきた理由のひとつになるかもしれません。
部族の知恵と誇りが織りまれた幾何学文様
標高の高い地域を移動する彼ら独特の宇宙的なモチーフと洗練された色彩は、高地で暮らす、チベットの曼荼羅やアンデスの織り物などにも共通する、緻密ながらスケールの大きさを感じさせます。標高の高いところに暮らす人々に共通した覚醒した感覚は、どこか似ているように思います。
大自然をそのまま切り取ったような毛織物は見る者の心を癒してくれるエネルギーを持っているようです。日本伝統の帯などにも使われてきた『有栖川錦』は、スマック織りでよく表現される動物文様にそっくりです。シルクロードを長い年月をかけて奈良の正倉院に伝わり、日本の着物文化の中でで洗練された意匠に変化したかもしれないと思うと感慨深いです。
定住したシャーサバン族
19世紀になると強力な軍事力を持つロシア軍の南下などでイランの北西部から中部のガズヴィンやサヴェ等の村に移動し、そこで一部定住する人達が増えました。現在イランのオールドキリムにガズヴィンやガルムサールなどの村で織られたものが多く市場に出てきますがこれれはシャーセバン族の影響を受けたものと考えられています。ガズヴィンキリムは、インベーダーゲームのような独特なモチーフとシックな色彩から日本でも人気があります。
参考文献:『Sumak Bags』 Jhon Wertime著
『Mafrash』 Azadi, Siawosch and Peter A. Andrews著
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